タイトル通り、不定期更新のブログです。 気が向いたとき、更新すると思います。 内容としては、オンラインゲーム「トリックスター」「ラテール」などを中心とさせて頂いております。(時々日常のことなども書くかもです)

れあちーのきまぐれにっき

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アクアリース攻防戦 第四章

  1. 2009/12/02(水) 23:45:48|
  2. TS版SS
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
はい、前回の話から、一体何ヶ月かかってんだよ、な、れあちーです、すみません(ぁ





ようやく、ラテの方も落ち着いたので、止まっていた話を一気に書きましたよー。




こ、今回は遂に、皆さんが心待ちにされていた攻防戦ですよっと。




しかし、書いてみたら、前回の長さを超えるページ数とかね……





内容詰め込みすぎたk(゜д゜)












ご、ご期待に添えたかどうかは、分かりませんが……




これが私に出来る、精一杯……orz











そして、今回の話は非常に……非常に、残酷表現を含みます。





血がどばーとか、そういう過激な描写が苦手な方は、ご注意を☆









では、ご理解頂けましたら、続きをどうぞ(`・ω・´)ノ












『……我らは、此処よりも尚、暗き場所へ。そこならば、魔物達も容易には近づけはせぬ。お主達の助力となる事は出来ないが、どうか、理解してくれ。……我々はどちらとも、争いたくはないのだ』
そう言って、俺達の前から去ったノーラ達を見送ってから、既に一夜が過ぎていた。
夜の間、ずっと光源となるように降り注いでいたマナの粒子が僅かに光を失いながら、静かに海底へと降り注いでいる。
夜明けまであと一時間程……といった所か。
既にほとんどの部隊が起き出して、戦闘の為の準備に入っている。
俺達の部隊も既に集まって、各々が武器の手入れを始めていた。
俺自身も、愛用である自分の銃の最終チェックの真っ最中である。
普段も動作不良を起こさないよう、手入れは行っているのだが、今日は更に念入りにやる必要がある。
戦闘がどれ程続くかは分からない。だが、きっと普段の比ではない程の激しい戦闘になる事は明らかだった。
武器を失えば、待つのは絶望のみ。
初めてこの島を訪れた時、メガロカンパニーから購入させてもらった俺の銃。自分の腕の延長と言える程によく見知ったそれを見下ろし、俺は僅かに眼を細めた。
銀色に輝く細身の銃身に、俺の命と街の人々の命がかかっているのだ。
既に馴染みすぎたその感触を確かめながら、宜しく頼むぞと、長年の相棒に話しかけるかのように、その細い銃身を優しく撫でた。
と、そんな俺の耳に、見張り台から鐘の音が響いてきた。
カン、カン、カンッと一定の間隔を空けて響く鐘の音に、辺りの空気が緊張の糸を張り巡らせるのを感じ、手元の銃から視線をあげた。
どうやら、戦闘はもうすぐのようだ。
敵の接近を告げるその警鐘を聞きながら周りを見回せば、部隊の仲間達の姿が目に付いた。
「……いよいよ……なんですね……」
震えそうになる声を必死に隠しながら、僅かに怯えた瞳を揺らして、ヴェンレクスが呟いた。その言葉に、皆の顔が僅かに緊張に染まるのが見て取れた。
そんな俺達の前を、真紅に染まるローブをはためかせて、足早に歩くレスターが通りかかった。走りはしないものの、急いでいるのか、真剣な瞳で前だけを見つめている彼女の様子に、声をかける事を躊躇っていると、隣にいたリラがすっと手を挙げて彼女に声をかけた。
「やっほー、レスター」
脳天気ににへらと笑いながら、リラがレスターに声をかける。そんな彼女の様子に気がついたのか、こちらへと視線を向けたレスターが僅かに苦笑を浮かべながら、俺達の方に歩み寄ってきた。
「……全く、お前は。こんな時でも緊張感がないな」
呆れとも苦笑とも取れるような表情で、レスターはにっこり微笑むリラに声をかけてくる。それにリラはあははーっと、脳天気に笑っている。
確かに、もうすぐ魔物が攻めて来るという状況にしては、落ち着きすぎている気はするが、彼女と話しているおかげか、先程までレスターの周りに張りつめていた緊張感が僅かに薄らいでいた。
「総司令官殿がそんなピリピリしてたら、みんな不安がっちゃうぞぉ。もっと余裕を持たなきゃ、レスター」
そう言ってリラはにっこりと微笑んだ。その言葉に、知らず知らずのうちに肩に力が入っていた事に気がついたのか、レスターは苦笑を浮かべて見せた。
確かに、リーダー自らがピリピリしてしまっていては、部隊の雰囲気を悪くする。
彼女なりの気遣いだったのかと、リラの大物さを垣間見たような気がして、にっこり笑う彼女に感心したような瞳を向けた。
「……警鐘が鳴ったが、そろそろなのか?」
俺の問いかけに、レスターは小さくこくりと頷いた。
「ああ。見張りをしてくれているスタン船長から伝令がきた。潮の流れが変わったそうだ。後、一時間はしないうちに来るだろう、とな」
はっきりと告げる彼女の言葉に、みんなの表情が僅かに引き締まる様子が見て取れた。
「……では、私はこれから指揮の為に見張り台へと行く。お前達も、しっかり頼むな」
「うん、任せておいてよ、レスター」
では、と、小さく手を振りながら、レスターが俺達の前を歩き去った。
「……本当に、魔物達が攻めてくるんだよね……」
そんな彼女を見送っている俺達の背中に、ぽつりと呟きのような言葉が零され、俺は声の人物を見下ろした。
ヴェンレクスの側にいたヘイゼルが、僅かに怖じ気づいたのか、震えた声で表情を曇らせている。
冒険者といえど、戦闘が不得意な者はいる。ましてや、こんな戦争じみた戦いなんて早々遭遇するものでもない。
俺達は軍隊でもなければ、訓練された兵士でもない。
ただ一般人よりも少しだけ戦う事に優れているというだけの民間人だ。
怖いと思う事は、仕方のない事だ。
僅かに俯いたその様子に、慰めるべきかと手を伸ばしかけた、のだが。
「……ふん。今までの威勢はどうした、ガキ。戦えないなら、ママの所にでも泣きつきに行くか?」
怯えるヘイゼルの様子に、僅かに舌打ちしながら、ラセットが憎まれ口を叩く。その言葉に、カッと頬に朱を走らせ、ヘイゼルがラセットを睨み付けた。
「何だとっ!!もう一度言ってみろっ!!」
ラセットの言葉に自尊心を傷つけられたのか、口調を荒くして今にもラセットに殴りかかろうとするヘイゼル。その様子に、俺は慌てて彼の腕を取って引き留めた。
「やめろ、お前らっ!今は喧嘩してる時じゃないだろ!」
「でもっ!!」
俺の制止にぎりっと唇を噛みしめて、悔しそうな様子でラセットを睨み付けるヘイゼル。その様子に、ふんっと嘲笑するようにラセットが鼻で笑った。
「はいはい。みんなピリピリしてんだから、ちょっと落ち着こうなぁ。おじさん、こういう雰囲気は苦手だなぁ」
そんな俺達の雰囲気を壊すように、軽い口調で俺達に笑いかけるグラナダが、ポンポンッと宥めるように優しい手つきで、ヘイゼルの頭を撫でる。
その言葉に少し落ち着きを取り戻したのか、ヘイゼルが腕の力を抜いて大人しくなった。
もう殴りかかろうとしない事を確かめながら、俺は掴んでいたヘイゼルの細い腕を離した。
「あんたも、大人ならもうちょっと周りの事考えてやれよぉ?こっちの少年の方がまだ大人っぽいぜぇ?」
ヘイゼルを撫でていたグラナダは、おもむろに今度は俺の頭を撫でながら、先程と変わらない軽い口調のままラセットをたしなめる。
ポンポンッと子供にするかのように頭を撫でられ、僅かに非難するような瞳をグラナダに向けたが、さらりと無視されてしまった。
しかし、あのラセットに注意するとは……流石に、俺達の中で一番の年長者なだけはある。
そんなグラナダの様子が気にくわないのか、ラセットは苛立ちを隠そうとせず、小さく舌打ちを零した。
「……他人に足を引っ張られるのはご免なんでな。戦えない奴はさっさと消えちまえばいい」
ぼそりと捨て台詞のように言葉を零しながら、ラセットは相手にしていられないと言うように、ふいっと俺達に背を向けて外壁の方へと歩いていった。
その様子を眺めながら、グラナダはふぅっと小さく溜息をついた。
「どうにもいけないねぇ。年寄りは説教臭くなっちまって」
はははっと軽口を叩くように、グラナダは俺に苦笑してみせる。そんな彼の雰囲気に先程まで張りつめていた空気が壊され、俺は苦笑を浮かべた。
年寄りという程、年寄りでもないだろうに。
流石に既婚者は考え方が落ち着いてくるものなのかな。
なんてどうでも良い事を考えていると、ぱんぱんっとリラが軽く手を叩いた。
「さ、みんなもそろそろ外壁の所に行きましょー。作戦名は、『命大事に』ですからねぇ」
無理はしちゃ駄目だよー、なんてにこやかに言いながら、リラはふわりと微笑んで見せた。
やっぱり、のんびりな人だよな、この人。
だけど、それのおかげで冷静でいられるのかもしれない。
やはり、リラはすごい人なんだと、歩き出した彼女の背を見つめながら、俺もまた外壁の所に向かって歩き出した。
歩き出した仲間達を追うように、足を踏み出した俺だったが、ふと足を止めて、一度だけ街の方を振り返った。
……行ってくるよ、みんな。
それぞれの場所で、それぞれの戦いをしている仲間達へ、一人心の中で語りかけながら、俺は意識を集中するように、瞳を伏せた。
そして、気持ちを切り替えるように瞳を開いて、前を見据えた。
足を踏み出せば、後はもう振り返らない。
俺の背中には大切な人達がいるのだ。
絶対に守り抜く。そう、心に誓いながら、俺は戦場へと足を踏み出した。








アクアリース攻防戦 ~名も知らぬ彼らの英雄譚~
   第四章 混迷の闇に消えゆくもの








「次だっ!!」
ガシャンッと空になった薬莢を吐き出させながら、俺は次の弾薬を薬室へと装填させる。
からんっと音を立てて、地面に空の薬莢が落ちる頃には、俺は既に次の獲物へと狙いを定め、引き金を引き絞っていた。
あちらこちらから響く銃声音。立ち上る硝煙の香りと鉄臭い血の匂い。
止め処なく押し寄せてくる魔物達の数は、減る装いを見せず、どんどんと増えるばかり。
終わりの見えない戦いに向かいながら、それでも踏みとどまり続けなければいけない俺達は、戦うしかない。
俺の放った銃弾を受けて、また一匹、魔物が屍と化したのを見届けながら、追悼の気持ちを浮かべる暇もないまま、次の弾を装填する。
外壁の下は、まさに地獄絵図。魔物達の体から吹き出す血が血煙のように水に混ざって、まるで赤い霧のように立ち込める。
だが、次々と黒い波のように迫ってくる魔物達の勢いに、その血煙すらも、あっという間に水中に四散して消えていく。
至る所で立ち上る血煙の多さに、どれ程の魔物達の命が失われているのか、ひどく痛感させられる。
両手に構える銃の重さを、否応なく突きつけられているのだと感じながら、それでも俺の指は引き金を引き続ける。
生き物を殺す感覚は慣れるものではない。だが、今の俺にとって、その感情は邪魔なもの。
命は尊く、大切なものだと知っている。それは、人も魔物も変わる事はない。
だがそれでも、今の俺にとって、それを考える事は命取りなのだ。
躊躇えば、戦えなくなる。
後悔するのなら、後ですればいい。今は、ただ目の前のものを撃つしかないのだ。
俺は再び狙いを定め、外壁に駆け寄ろうとしていた魔物に銃弾の洗礼を与えた。
「はあぁぁぁぁっ!!」
少し離れた位置からメノーの気合いのこもった声が聞こえてくる。外壁ギリギリまで近付いてきていた魔物達に向けて、両手に持っていたトランプを一気に投げつける。
あんな細腕のどこにそんな力があるのか、と思う程の勢いで、トランプは逸れる事なく確実に魔物達へと降り注ぐ。
だが、大雑把な彼女の事。一度に投げる枚数が多い分だけ、取りこぼしもそれなりにある。 メノーのトランプを免れた魔物達が外壁まで辿り着いた。が、彼らの行動もそこまでだった。
「逃がしませんよ」
にっこりと穏やかな微笑みを浮かべながら、ヴァレフがそんな彼らに容赦なくトランプを投げつける。顔は笑っているけれど、眼は一切笑ってはいない。
獲物を狙う鷹の瞳、とでも言うのだろうか。ぞくりとする程の冷たさを秘めるその青い瞳に、背筋に寒さが駆け抜けるのを感じたのは一回や二回ではない。
メノーの取りこぼしを、ヴァレフがすかさずにフォローする。彼の放ったトランプは、鋭利な刃物のように容赦なく魔物達の体を引き裂いた。
大雑把な狙いをつけるメノーと、正確無比な投擲をするヴァレフ。二人のコンビはやはり息が合っている。
そんな二人の隣で、必死に銃を撃つヴェンレクスの姿が目に映る。
眉間に皺を寄せ、辛そうな表情を浮かべながら、それでも彼は銃を撃ち続けている。
やはり、心優しい彼にはこの戦闘は辛いだろう。街を守る為、自分達を守る為、戦い続けなければいけない重さは、きっと彼にはきついだろうと思う。
どんな大義名分に飾ろうとも、殺戮を許容できる程、彼は残忍にはなれないだろう。
だが、容赦していては自分達が危ないのだ。
その事をちゃんと理解している彼は、辛そうな表情を浮かべながらも、その射撃は悲しい程に正確だった。
彼の銃弾によって次々と倒れていく魔物達。その姿を見つめながら、彼は今、どんな思いを感じているのだろうか。
と、そんな彼の更に隣で、全く正反対の戦いをする存在がいた。
短く刈り上げた緑色の髪を僅かに揺らしながら、ラセットが容赦なく引き金を引き絞っている。
魔物達に向けられるその瞳は、ひどく冷たい殺意を秘めていて、魔物達に対して何らかの恨みでも持っているのではないだろうかと、勘ぐりたくなってくる。
まぁ、冒険者として生きてきたのなら、魔物に対して何らかの負の感情を持っていても不思議ではない。それぞれ言えない過去の一つや二つ、抱えているものだ。
無理に土足で相手の心に踏み込めば、手痛いしっぺ返しが来る事もある。
そういったものに触れないようにするのも、人と接していく中では暗黙のルールだ。
ガシャンッと弾薬を装填し直しながら、俺は魔物に向かって引き金を引き絞る。
発射の衝撃に銃身が震えるのを受け止めながら、足を踏みしめて衝撃を逃がした。
からんと音を立てて薬莢が地面に転がる。もう既に相当な数の薬莢が足下に散らばっている。それを邪魔にならないように、子人くらいのサイズに具現化したメルクリウスが回収してくれている。
補佐に回ってくれているメルに密かに感謝しながら、俺は新しい弾薬を薬室へと装填した。
一発一発、装填し直さなければいけない俺の発射速度はそれ程速くはない。
確かに島に来た時に比べれば、銃の扱いにも随分慣れ、装填速度はかなり速くなったとは思う。
だが、マガジン式の銃と比べると、やはり装填速度に随分差があるのを感じる。
もし次に新しい銃を購入する事になったら、今度はマガジン式のタイプにしよう。
そう密かに考えながら、俺は引き金を引き絞った。
最も、今使っている銃が壊れない限り、そんな事にはならないと思うけれど。
初めて手にしたこの銃には、思い入れがありすぎる。命を救われたのだって一回や二回ではない。そう簡単には手放せないだろうな、と銀色に輝くその銃身をちらりと一瞥しながら、馴染んだその重さを噛みしめた。
そんな俺の横で、一際小さい影が動く。長い髪を揺らしながら、小さいその体で銃を撃つ無表情な狐の少女、ルナだ。
一般から志願してきたとは思えない程、正確な射撃をする彼女。
冒険者に近い雰囲気を持つ彼女の射撃はひどく正確で、ほとんど取りこぼしもない。
いつでもフォロー出来るように、と俺の隣に配置されたけれど、彼女の腕前は相当なもので、フォローする必要もなかった。
彼女は一体何者なのか。ガラス玉のような綺麗な彼女の黒い瞳は、揺れる事なくこの惨劇を受け入れている。
冒険者が数多く訪れるこの島で、他者の過去を勘ぐるのはあまり良い趣味とは言えない。
だが、それでも、彼女の腕前は一般人というにはかけ離れすぎている。
味方としてはありがたい限りなのだが、こんな幼い少女がどうして、と疑問を持ちたくもなる。
そんな俺の思考を遮るように、ルナが慣れた手つきで銃の引き金を引き絞る。
それを見つめながら、俺も負けてはいられないな、と銃を持つ手に力を込めた。
一般から志願してきたといえば、グラナダもそうだった。
グラナダのフォローにはリラとリノがついている。
彼はどちらかというと銃よりも、近接武器の方が性にあっているようだが、一応銃器の扱いも心得ている。だが、ルナと違いそれ程目覚ましい命中精度ではないので、なるべく近寄ってきた魔物を狙ってもらっている。
いざとなったら剣でも戦えるようにと、彼の腰には少し細身の剣が帯刀されていた。
やはり牛族というものは、どちらかというと腕力にものを言わせる傾向がある。元々大柄な体型であるだけに、腕力もある。
その屈強な体を僅かに羨ましいと思いながら、俺ももう少し鍛えないとかな、なんて考える。
べ、別に、へなちょこ……という訳ではないが、やはり腕力面では敵わない事が多いのも確かだ。
昨日のノーラ達との決闘においても、ミュウラーの足を引っ張る事になってしまったしな。
ここから生きて帰れたら、もう少し、鍛えようなんて考えながら、弾を装填した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
と、突如、近くの部隊から悲鳴が上がる。俺ははっとしてそちらへと視線を走らせれば、どうやら、声の発生源は隣の部隊からのようだった。
飛行型の魔物が、外壁を飛び越えて、隣の部隊を強襲している。
赤い火の粉をまき散らせて舞う大きな蛾。炎蛾という名称で呼ばれるそれは、怪我をしたらしい冒険者に襲い掛かろうと、ばさりとその大きな羽を広げている。
どうやらその冒険者の武器は、炎蛾の攻撃によって取り落としてしまったらしい。
まずい、助けないと。
俺は素早く銃を構え、襲い掛かろうとしている炎蛾に向けて狙いを定めた。
だが、それよりも一瞬早く、一条の銃弾が炎蛾の体を貫いた。
体の中心を撃ち抜かれた炎蛾は、ジュウッと音を立てて、四散して息絶えた。
硝煙を上げる銃口を構えていたのは、リラだった。
一瞬だけ鋭い瞳を眼鏡の奥から光らせた彼女だったが、次の瞬間にはいつもの穏やかな表情へと戻っていた。
「大丈夫ですかー?」
ひらひらと手を振りながら、そんな声をかけるリラ。それにおずおずと頷く隣の部隊の冒険者の元へ、補佐に回っているヘイゼルが走り寄っていった。
それを見たリラは再び魔物達の方へと視線を戻し、銃を構えなおした。
一瞬見せたあの鋭さは、やはり彼女もSランクの冒険者なのだと納得させられる。
「はいはい、手がお留守になってるよ、副隊長さん!」
甲高い少女の声がぼうっとしかけていた俺の耳に響き、俺ははっとさせられた。
外壁の元へ走り寄ろうとしていた魔物に向けて、銀色に輝く針を飛ばしながら、リノが俺のフォローをしてくれる。
「あ、悪い、リノ……」
それに俺は僅かに顔をしかめながら、フォローしてくれたリノに謝罪の言葉を口にして、銃を構えなおした。
そんな俺に、リノは僅かに笑みを向けた後、再び針を持ち直して魔物達を睨んだ。
俺もまた魔物達を睨み付け、引き金を引き絞った。
破裂音を響かせて、銃弾が魔物に降り注ぐ。また一匹、血煙を上げて海底に倒れ込んだ。
リノの投げる針は細身である分、殺傷能力が低い。だが、彼女の針を受けた魔物達はその場に倒れ、ほとんどが動かなくなる。
多分、針の先端に毒でも塗っているのだろう。
と、持っていた針を投げたリノが今度はカバンの中から何か黒いものを取り出した。
ピンッと銀色の金具を口で引き抜いた彼女は、にやりと凶悪な顔で笑って見せた後、それを魔物が集まっている場所に向けて放り投げた。
投げられた黒い物体は、弧を描きながら外壁の下へと落ちていく。魔物達の間に落ちたそれは、海底についた瞬間にぼぼんっと音を響かせて爆発した。
砂煙を巻き上げながら、魔物達の体が吹き飛ばされる。
爆発に巻き込まれた魔物のほとんどは、体の大部分を消失して息絶えた。近くにいた魔物達もその爆風によって体の一部を消失して海底に転がった。
まるでクレーターのようにその部分だけ魔物達の姿がなくなり、その威力をまざまざと見せつけた。
な、なかなか過激な武器をお持ちで……
俺は隣でふふんっと不敵に笑うリノの姿に、僅かに引きつった表情で苦笑を浮かべた。
ガシャンッと空になっていた薬室に弾を装填する。
この作業をあと何百回、何千回、繰り返せばこの戦闘は終わるのだろうか。
ふとそんな考えが浮かびかけ、俺は頭を振ってその考えを思考の外へ押し出した。
考えたってきりがない事だ。
今は迫り来る魔物達を撃退するだけだ。
無駄な思考は命取りだ。考えるな。
そう自分に言い聞かせながら、俺は銃を持つ手に力を込めた。
「ほらほら、そこ、弾幕が薄いぞっ!!もっと意識を集中しろ!!」
見張り台から絶えず響くレスターの叫び声。風の魔法を込めた拡声器を片手に、レスターはずっと戦う冒険者達に向かって檄を飛ばし続けている。
そして、時にはその強力な魔法力で迫り来る魔物達に雷を降らす。
彼女は彼女なりに、俺達と共に戦ってくれているのだ。
状況を見て、指示を出して、檄を飛ばして、共に戦う総司令。そんなレスターの姿にどれ程の冒険者が勇気づけられているのだろう。
天性のカリスマ性を備えている人というのはああいう人の事を言うのかな。
俺は握り締めた銃で狙いを定めて、引き金を引き絞る。
外壁の下に、またしても血煙が上がるのをただ見つめながら、空になった薬莢が地面に落ちる音を聞いていた。
この戦闘は、まだまだ続く。終わりなんか見えないけれど、それでも、戦うんだ。
俺はぎりりと歯を食いしばって、次の弾を薬室へと装填した。











「……っ……切りがない……」
目の前に迫った飛行型の魔物の体を撃ち抜いて、俺はこぼれ落ちる汗を拭った。
銃の引き金を引く指が、痛みで悲鳴を上げている。銃を支える腕も重いけれど、魔物達の勢いは衰えを知らない。
周りを見回せば、部隊の皆の姿が視界に入る。やはり俺同様、皆も疲れを隠し切れてはいない。
それもその筈だ。時は既に戦闘が始まってから二日目の夕刻へと差し掛かっている。流石に疲弊して来るというものだ。
日没には魔物達は一時的に撤退するものの、その翌日には更に数を増やして俺達に襲い掛かってくる。
一日目は何とか凌いだものの、負傷者、死傷者の数は増えていくばかり。弾薬や食料にも限りはある。このまま消耗戦を強いられれば、俺達に勝ち目はない。
洞窟の復旧作業の情報はほとんどこちらには入ってこないけれど、あまり芳しくない様子だとちらほらそんな噂話も聞く。
ならばその分、俺達が長くこの場を死守しなければいけない。
外壁を防衛する人数は日増しに減っていくけれど、それでも俺達はここで戦い続けている。
それが未来を切り開く事になるのならば、と。
誰もが今、自分に出来る事を精一杯にこなしているんだ。
そう自分に言い聞かせながら、俺は目の前に迫った魔物へと銃弾を浴びせた。
次から次へと、狙いを定め、目の前に迫った飛行型の魔物達を撃ち落としていく。けれど、今日はやけに飛行型の魔物が多い。
外壁を飛び越えてくる魔物達の所為で、今日は昨日以上に負傷者が多い。
後方の救護班からも何人か前線に回ってきてもらっている程だ。
この調子で毎日攻められたら、俺達はあっという間に全滅してしまうだろう。
魔物達も本腰を入れて俺達を潰しにかかってきたという事か。
と、思考に耽りかけた俺の耳に、一際激しい羽ばたき音が聞こえた。
ばさりと一斉に襲い掛かってくる魔物達。それに小さく舌打ちをして、俺は銃の引き金を引き絞った。けれど、俺一人では対処しきれない。
ルナやリラ達も応戦してくれているが、数が多すぎる。
グラナダが銃を離し、剣を片手に魔物達を斬りつけている。飛行型は素早く、狙いを定めるのが難しい。
ざんっと羽根を斬られた魔物が海底に向かって落下していく。それに目もくれず、グラナダは必死に魔物達を倒していた。一般人にしておくには勿体ない腕だ。
「わあぁっ!!」
と、そんな俺達の側で悲鳴が上がった。
甲高い少年の声が響き、俺ははっとしてそちらを見た。
どうやら補給部隊の獅子族の少年のようだ。飛行型の魔物に襲い掛かられ、怪我をしたのか、腕を押さえている。
一般の方から志願してきた戦う力のない少年だ。その身軽さをかわれ、補給部隊として、最前線で戦う部隊に銃弾や針などを届ける専門の少年達が何人も外壁の間を行き来している。
彼もそんな部隊の一員らしく、その側には物資の入った袋が転がっている。
少年に傷を負わせた魔物は、尚も少年に襲い掛かろうと、その羽を広げて滑空してくる。
まずい、このままでは少年が危ない。
そう思ったのも束の間。
俺達の側を一陣の風が走り抜けていった。
ダン、ダン、ダンッと身軽に外壁の縁を駆け抜けるその影。流れる金色の髪を揺らしながら、メノーが少年に襲い掛かろうとしている魔物に向かって走った。
「おりゃあぁぁぁっ!!あたし達を無視するとは良い度胸だああぁぁっ!!」
何を思ったのか、メノーはそんな事を口走りながら、その魔物へと強烈な蹴りを食らわせた。横から薙がれたその足によって、魔物は外壁の向こうへと蹴り飛ばされ、海底に落ちていった。
それを見下ろしながら、外壁の縁から華麗に着地したメノーが、ふんっと不敵な表情を浮かべた。
流石にいつ見ても強烈な足だよな。あの人の足は……
かつて、ミュウラーの角を蹴り折ったという逸話を持つだけの事はある。
その当時の事を俺は知らないが、彼のプライドと共に角を蹴り折ったという彼女の足はいまだ健在らしいな。
すらりと綺麗な足をしているが、そんな足のどこにあれだけの力があるのか。
女の人って怖いな、なんてずれた事を考えながら、俺は銃の引き金を引いた。
「君、大丈夫?」
と、そんな俺の横を駆け抜け、負傷した少年へと走り寄るヘイゼル。彼も俺達の補佐でくたびれ果てているが、それでも負傷者は放っておけないようだ。
「補給部隊は下がれっ!!日没までもう少しだ、持ちこたえろっ!!」
そんな俺達にレスターの声が指示を飛ばしてくる。指示を聞いた補給部隊の少年達は外壁を降りていく。負傷した少年もぺこりと俺達に一度頭を下げると、腕を押さえながら走っていった。
辺りに薄闇が落ち始めている。段々と迫ってきていた魔物達の数が減っていく。
その隙を逃さず、俺達はありったけの銃弾を魔物達へと浴びせた。
俺達の反撃に魔物達も怖じ気づいたのか、魔物達の猛攻が少し衰えたような気がした。
と、何処からともなく、甲高い笛のような音が響き、辺りに木霊する。
水を震わせて、どこまでも響くその音は、魔物達の撤退の合図だった。
ゴーストブルーの中継で映ったあの謎の冒険者達が出している指示なのだろうか。
その音を聞いた魔物達は外壁から離れ、遠ざかっていく。それを見送りながら、レスターが追い打ちをかけようとする守備隊に制止の号令をかけつつ、戦闘終了の鐘を鳴り響かせた。
あちこちで響いていた銃声音が静かになっていく。
どうやら、無事に二日目の戦闘も終わりを告げたようだ。
俺は張りつめていた緊張がほぐれるのを感じ、構えていた銃を下ろし、小さく息を吐いた。
どういった訳か、今のところは夜行性の魔物達の姿は確認されていない。
そのおかげで、朝までは魔物達の活動も大人しくなるというものだ。
昼も夜もなく攻められたのでは、俺達に勝ち目はないだろう。
俺達も、魔物達も、決して万能な生き物ではない。ずっと戦い続ける事は出来はしない。
明日の朝には、また数を増やして襲ってくるだろうが、とりあえずの戦闘は終わったのだ。
今は少しでも体を休める事を考えた方がいい。
俺は気持ちを切り替え、今日も一日、俺を守ってくれた銃を肩に背負った。
周りを見回せば、疲れ果て、地面に座り込んでいる面々が目についた。
人によってはその場に寝転がってしまう者もいる始末。
それだけこの戦闘がきつかったのだろう。俺自身も、銃の撃ちすぎで腕が重くて仕方がない。出来る事なら、座り込んでしまいたい所だったが、座ったら立てなくなりそうだ。
「今日の戦闘は終わったっ!!ご苦労だった、お前ら!……見張りは昨日と同じく、第一部隊、第二部隊からついてくれ。それ以外の部隊はキャンプ地に戻り、補給と休養を速やかに取ってくれ。武器に不具合のある者は申し出ろ!明日もまだこの戦闘は続く。各自、自己の管理はしっかりとな!」
見張り台のレスターが、拡声器を使って部隊全体に響くように指示を出す。
夜行性の魔物達がいないとはいえ、いつ魔物達の活動が再開されるかは分からない。見張りもなく過ごせる程、魔物達を甘く見ている訳ではない。
二部隊ずつの編成で見張りを交代する事になる。俺達の見張りは三番目だ。それまでに飯をすませ、ある程度の休養を取らなくてはいけない。
座り込んでいる面々も、重い体を持ち上げて、のろのろとキャンプ地に向かって歩き出す。
と、そんな彼らの後ろで、メノーがぺたーんっと地面に座り込んだ。
人一倍元気な彼女がどうしたというのだろう。怪我でもしたのだろうか?
「あー、もう、へとへとー。ヴァレフ、おんぶしてちょーだい」
駄々をこねるように、彼女の口から零れたのはそんな言葉で。おんぶしてくれるまでてこでも動かないぞというように、メノーの桃色の瞳がじぃっとヴァレフを見上げた。そんな彼女の様子に、ヴァレフが僅かに肩を竦めた。
「……はぁ、私も疲れているんですがね。……しょうがない人ですねぇ、メノーは」
小さく溜息をついて苦笑を浮かべた後、ヴァレフがメノーの前に膝をつき、その背中を彼女に向ける。それにメノーは満足そうに微笑み、彼の背に身を預けた。
「えへへ、楽ちん、楽ちーん♪」
「全く、貴女という人は……」
メノーを背負ったヴァレフは苦笑を浮かべながら、キャンプ地へと向けて歩き出す。いつものやり取りといえば、いつものやり取りなのだろう。隣を歩くヴェンレクスも、お決まりの光景のようにくすくすと笑っている。
これが彼らなりのコミュニケーションなのだろうと、歩き出した彼らを見送った。
さてと、俺もキャンプ地の方に移動しないとな。
そう思って歩き出そうとした俺は、ふと立ち止まっている存在に気がついた。
自分の身長程もある銃を背負った少女……ルナだ。
ルナは無言のまま、その何も映していないかのようなガラス玉の瞳で、外壁の向こうを見つめていた。
「……ルナ?大丈夫か?」
俺はぼうっとしている彼女に声をかける。すると彼女は僅かに驚いたのか、眼を見開いて俺を見上げてきた。
普通に声をかけただけなのに、そんなに驚くとは。
思考に耽っていたらしい彼女は、僅かにばつが悪そうな表情で俺を見ていた。
「……キャンプ地に移動しようか。歩けるかい?」
俺は気遣うように彼女を見下ろし、問いかけると彼女は小さく頷いて見せた。
俺達でさえ、この戦闘でかなり疲れているというのに、彼女は平然とした顔をしている。かなり無理をしているのではないだろうかと少し心配になる。
歩き出そうとしたルナの動きにどこか違和感を覚え、ルナを見た。
もしかして、怪我してないか?
俺は直ぐさま彼女の手を取り、引き留めた。
「……ルナ、怪我してるだろ」
「……………………」
俺の言葉にルナは僅かに眼を見開いた後、俯いた。やっぱり、怪我を隠していたみたいだな。
ルナの右腕の辺りの服が破けて、微かに血が滲んでいる。よく見なければ見落としてしまう程の小さなかすり傷だが、怪我は怪我だ。
ヘイゼルはもうキャンプ地の方に移動してしまったのか、姿は見つからなかった。
俺は腰のバックからハンカチを取り出して、口を使ってその布を切った。
そんな俺の様子に、ルナが僅かに驚いた瞳を向けてきた。
「……駄目じゃないか、ちゃんと言わなきゃ。小さな怪我でも命取りになる事があるんだぞ?」
ルナの傍らに膝をつき、彼女の目を見て、僅かに叱りつけるように言う。それに彼女は戸惑った瞳を揺らしたが、ばつが悪そうに俯いてしまった。
「……たいした……怪我じゃ、なかったから……」
ごめんなさい……そう、小さな声で呟くルナの言葉を聞きながら、俺は応急手当を施した。
確かにたいした怪我ではない。が、戦闘はまだ続くのだ。ちゃんと言ってくれなきゃ分からない事もある。俯いてしまった彼女を宥めるように、くしゃりと一度だけその頭を撫でた。
「……とりあえず、これで大丈夫だと思うけど、もしおかしいようだったらヘイゼルに看てもらうんだぞ。まだ、これからも戦闘は続くんだ。今度からはちゃんと言わないと駄目だぞ?」
くしゃりと頭を撫でると、ルナは僅かに驚いたような瞳を俺に向けてきたが、その色もすぐに瞳から消えてしまった。俺の言葉に小さくこくりと頷いた彼女は、また俯いた。
叱った事で落ち込んでしまったかな。
そんなルナの姿に苦笑を浮かべ、俺は立ち上がった。
「さ、キャンプ地に戻ろう。早く行かないと、皆に飯食べられちゃうぞ」
俺はルナに笑いかけると、キャンプ地に向けて歩き出した。
「……ありがとう……」
背を向け、歩き出した俺の背中にルナの小さな声が降りかかる。俺は驚いて後ろを振り返ると、ルナは照れくさいのか、俺と目を合わせないように慌てて俯いてしまった。
それに俺は苦笑を浮かべ、ルナと一緒にキャンプ地に向けて歩き出した。
俺と目を合わせたくないのか、ルナは頑なに俺の後ろからついてくる。そんな彼女の様子が微笑ましくて、俺はそのまま、キャンプ地に向かって歩いていった。
キャンプ地に着くと、そこかしこから炊き出しの煙が上がっていた。
俺達、第六部隊に割り当てられた場所に向かいながら、いくつもテントを越えていく。
俺とルナがテントに戻ると、既に炊き出しが始まっていた。
「おーい、遅いぞー、副隊長さーん」
「何してたのー?」
俺達の姿に気がついたリノとヘイゼルが手を振ってくる。それに俺は小さく手を振り返して、テントに歩み寄った。
「悪い悪い、遅くなった」
軽く謝罪の言葉を零しながら、炊き出しの準備を手伝う為に、銃を背から下ろした。
ルナもテントに戻り、ぺこりと頭を下げた。
「ルナも一緒だったんだ。二人で何してたのー?」
「あーやしーいぞ、副隊長さん」
俺の後についてきたルナの姿に、ヘイゼルとリノがニヤニヤした顔で俺を見上げてくる。
全く、何を考えているのやら。
俺はニヤニヤ見上げてくるヘイゼルをたしなめるように、ぽこんっと手の甲で頭を叩いてやった。
「馬鹿、何が怪しいんだよ」
苦笑を浮かべ、二人をたしなめると、二人はまだニヤニヤした様子で俺を見上げてきている。全く、変な所で気の合う二人だな、ほんと。
「……はー、流石、生物兵器の末裔さんは元気だねぇ。あれだけの戦闘の後だって言うのに」
そんな俺達の後ろから、嫌みの籠もった声が響く。ラセットだ。
俺はその言葉に、ぴくりと反応してしまい、非難するような瞳でラセットを振り返った。
生物兵器……確かに、俺達アルビノ種は、遙か昔、戦争の為に遺伝子を操作されて生まれた戦闘種族だ。戦う事に特出したその身体能力は、一般のそれとは異なる部分が多い。
けれど、生物兵器だったのは、遙か昔の事。
今でも何処かの国で、アルビノだけの特殊部隊があるとか、聞いた事はあるけれど、俺は生物兵器なんかじゃない。
それに、この体に流れる血自体、長い年月のうちに随分薄れてきている筈だ。
アルビノとしての特徴は確かに脈々と受け継がれてきてしまっているが、普通の人とたいして違いはない、筈だ。
俺は今までそこまで一般とかけ離れている程の身体能力なんか持った事ないし、きっとこれからもそんなものは持つ事はないと思う。
一緒に戦った事で俺の能力なんか分かっている筈だろうに、そんな言い方をするなんて。
俺は無言のまま、ラセットを睨み付けた。
「……ラセット、そんな言い方、ラフィオに失礼だろっ!!」
ヘイゼルがラセットに食って掛かる。ラセットを睨み上げ、俺を庇ってくれようとする。
それにラセットは嘲笑うように鼻で笑った。
「は、本当の事だろ。その赤い眼も、白い髪も肌も、どんなに取り繕ったって変わる事はない。お前に張られてるレッテルは何処までもお前についていくんだよ。例え、その能力がないとしてもな」
「――っ!!ラセット、お前っ!!」
吐き捨てるように投げつけられた言葉が俺の胸を灼く。じりりと怒りの炎が瞬間的に燃え上がり、俺はラセットに掴みかかろうとした。
だが、その瞬間。
「はい、ストップ」
ガシリと俺の腕を掴んで、グラナダがラセットに掴みかかろうとした俺を制止した。
それに俺ははっとなり、グラナダを見上げた。グラナダは宥めるように俺に笑いかけてくる。だが、掴まれた腕はかなりの力が入っているのか、びくとも動かなかった。
本当の事を言われて頭に血が上ってしまった。俺はばつが悪くなり、僅かに顔をしかめて俯いた。そんな俺の様子に警戒を解いたのか、グラナダは掴んでいた俺の手を離した。
「腹が減ってるから腹も立つんだ。たらふく食って、明日の為に早く寝よう、な?」
そうすれば、嫌な事なんかすぐ忘れるから。……そう続けながら、グラナダが宥めるようにくしゃりと俺の頭を撫でた。
大きな手だな、この人の手は。
普段なら、子供扱いされているようで少し嫌だが、今は何となく救われる気がした。
この人はきっと良い父親なんだろうな、と漠然と考えながら、グラナダの人柄の大きさを少し羨ましいと思った。
俺がもし、もっと心が広かったのなら、ラセットのあの言葉も許せたのだろうか。
ラセットの言う事は最もなんだ。俺自身がそれを一番よく分かっている。
どんなに外見を取り繕ったって、周りから見れば俺はアルビノで、忌むべき存在だ。
昔の戦争でアルビノ種が世界に与えた損害は相当なもので、時が経った今でもその怨恨は尽きる事なく、世界を満たしている。
“呪われた赤き眼の民”……そう呼ばれ、アルビノ種は迫害され続けている。
遙か昔の戦争の事なんて、今の俺達にはどうする事も出来ない。恨まれたって、時が戻る訳ではない。
ただ、その理不尽な怒りを受け、そして耐え続けるしかないのだ。
どんなにそれに異議を唱えたって、世界は俺達を受け入れてはくれない。
それが俺達……“呪われた赤き眼の民”の宿命なんだと……そう、受け入れるしかないんだと、世界は無言のままに俺達を責め立てる。
生まれ落ちたその瞬間から張られた俺のレッテルは、決して消える事はない。
どんなに外見を偽って兎の耳をつけたって、姉や父達と同じ兎族にはなれないのと同じように……俺に定められた運命は、変わる事なんてないんだ。
グラナダの介入で俺達の間に流れていた不穏な空気が和らいでいく。それを快く思わないラセットが僅かに舌打ちしたのが聞こえた。
グラナダはそんなラセットにジャガイモの入ったボールを差し出した。
「あんま、波風立てるなよ。短い付き合いなんだ。仲良くやろうぜ?」
グラナダは苦笑にも似た表情を浮かべ、ラセットに笑いかけるが、ラセット冷めた瞳でグラナダを見た。
「……生憎、馴れ合いは嫌いでね。……で、何だ、このジャガイモは?」
「働かざる者、食うべからずってね。馴れ合いが嫌いでも、芋の皮むきくらい手伝えよ☆」
ぐっと親指を立てて、グラナダはラセットに笑いかける。有無を言わさない雰囲気でジャガイモを押しつけられたラセットは、僅かに顔をしかめつつも、小さく舌打ちするとキャンプの端でジャガイモの皮むきを始めた。
あのラセットを使うとは……グラナダは本当にすごい人だな。
「さ、炊き出しの続きだ。俺も腹が減って死にそうだ。ちゃっちゃかつくっちまおうぜ」
呆然と事の成り行きを見守っていた俺達を振り返り、グラナダは笑った。それにつられ、俺達も自然と表情がゆるむ。
俺の所為で流れていた不穏な空気はもう何処にも残っていなかった。
密かにグラナダに感謝しながら、炊き出しの準備を再開した。
皆、やはり冒険者だけあって料理の手際が良い。冒険者ともなれば、野宿もお手の物だからな。
グラナダも料理上手なのか、てきぱきと料理を作っていく。
ちょっと意外だったのが、ルナだ。どうも彼女は料理はまだ練習中なのか、不器用そうにイモの皮むきを手伝っていた。
皮の部分にかなり実が残っているが、まぁ、一生懸命やってくれているし、見なかったふりで。
手際よく料理をしていると、炊き出し要員の一般のおばちゃん達が差し入れを持ってきてくれたり、隣の部隊の連中が押しかけてきたりと、急にテントの中が騒がしくなった。
結局、そのまま宴会に近い状態になり、わいわいした状態のまま、食事を取る事になった。
ちょっとしたキャンプ気分だな、皆。
まぁ、悲壮感が漂っているより、ずっと良い雰囲気だが。
俺は出来上がった料理に口を付けながら、周りの声に耳を傾けていた。
「あ、パパみっけー」
と、そんな俺達の所に甲高い声が近付いてくる。母親らしい兎族の女性の手を引きながら、三歳くらいの兎族の少女がグラナダを見つけると、きゃっきゃと嬉しそうに笑った。
少女は母親の手を離すと、グラナダに向かって走り寄ってきた。それを受け止めたグラナダはひょいっと少女の体を抱き上げた。
「おー、アリシアちゃーん、会いたかったぞー」
きゃっきゃと無邪気に笑う少女に頬ずりをしてグラナダは笑う。少女を連れてきた女性は軽く俺達に会釈をして近付いてきた。どうやら、グラナダの奥さんと娘さんらしいな。
「あ、うちの娘のアリシアと、嫁のリンダだ。二人とも美人だろー」
手ぇ出すなよ、と笑いながら、グラナダが自慢そうに二人を紹介する。かなりの親ばかっぷりが垣間見えて、俺達は笑う。それにリンダは少し恥ずかしそうに苦笑を浮かべている。
「折角来たんだし、どぞどぞ、ご一緒にー」
そんな二人に席を勧めて、リラが笑う。それにリンダとアリシアも宴会に加わる事となり、グラナダの隣に座った。
「うちの娘だぞー、可愛いだろー」
アリシアを膝にだっこしたまま、グラナダは彼女を見せびらかすようにしまりのない表情で笑ってみせる。かなりの親ばかっぷりだ。
「あはは、そんな事言ってると、死亡フラグが立ちそうだぞ」
「戦場で家族の話すると危ないって言うよねぇ」
そんな微笑ましいグラナダに、ふざけた口調でヘイゼルと隣の部隊の龍族の青年が軽口を叩く。それにグラナダは笑い、
「それは困る。俺はまだまだ家族を支えなきゃならないんだからな」
と、屈託なく笑って、無邪気な笑顔を浮かべているアリシアの頭を撫でた。
その様子にまた笑いが起こり、場の雰囲気は和んでいた。
「それにしても、あんたらの部隊、かなり強いな」
そんな俺達と同席している隣の部隊の牛族の青年が、感心するような雰囲気で俺達に言う。
それに俺はきょとんとして、隣の部隊の連中を見た。
「そーそ。あんたらのおかげで、こっちはかなり楽させてもらってるぜ」
また別の青年が軽口を叩くように笑いながら言う。それに笑いが起こり、
「まさか、手を抜いてるんじゃないだろうなー?」
と、リノがその青年に軽口で返した。まっさかーと笑いながら否定してくる彼らにつられて、また笑いが起こる。
同じ苦楽を共にしているからこそ、こうやって笑えるんだろうな。
戦場を駆ける条件は皆同じだ。街を守る為、自分自身を守る為に、皆が必死になって戦っている。
だからこそ、普段はすれ違うだけの間柄である俺達も、その垣根を越えてこうやって笑い合う事が出来るんだろう。
皆の楽しげな会話を聞きながら、そんな事を漠然と考えていると、隣の部隊の獅子族の少年が挙手をして皆の注目を集めた。
何だろうと思ってそちらに視線を向ければ、その少年は自慢げにカバンの中からピンク色の小瓶を取りだした。
「ねぇねぇ、誰か買わない?俺の特製エリクサー」
「特製ー?何が特製なのさー」
「何と、これを飲むと体力が2000ポイントも……」
「普通のエリクサーじゃねぇか」
隣にいた狸族の男が笑いながら、自慢げに話す少年の頭をべしんっと叩く。そんな二人の漫才に近いやり取りにどっと笑いが起こる。
「支給品を売りつけようとするなよ」
「えー、いいじゃん、転売したってー」
良いお金になるのにー、と頭を叩かれた少年はぶつぶつと文句を言っている。
何というか、商売上手な奴はどこにでもいるものだな、なんてずれた考えが頭をよぎっていく。
こんな状態でも商売しようって辺りが、神経が図太いというか、何というか。
まぁ、冗談だろうけど、そうやって場を和ませる事が出来るのはある意味、羨ましい才能かもしれないな。
今だ漫才のような会話を続けている面々を眺めながら、俺は皆と一緒に笑っていた。
場の雰囲気は明るい。この調子がいつまで続くかは分からないが、良い兆候だと思う。
今はまだこうやって笑い合えるけれど、このまま戦闘が長引けばそれもどこまで保つかは分からない。
一寸先は闇、ということわざがあるけれど、今はまだ先の事は分からない。
今はただ、お互いの生還を喜び合えばいいんだ。
先の事は、またその時、考えるしかないのだから。
そういえば、槙宮やミュウラー達は、今どうしているんだろう。
ちゃんと飯とか、食ってるかな……
楽しげな喧噪に耳を傾けながら、俺はふと、彼らの事を想った。
昨日の夜、少し会ったっきりだな。
まぁ、彼らの事だから問題はないと思うけど。
それぞれの持ち場で今出来る事をこなしているんだ。
仮眠を取ったら、探しにいってみるか。そう密かに考えながら、俺は和やかな喧噪に身を委ねた。











なーんて、思っていた筈なんだけど、おかしいなぁ。
「ふあぁ。見張りなんてかったるいー」
見張りに立つ俺の側で、メノーが大きなあくびをして、不平を口にしている。
それをヴェンレクスが苦笑を浮かべて宥めているのは、もうお決まりの光景だった。
結局、食事を取った後、仮眠に入ったらそのまま見張りの時間まで寝転けてしまった。
思った以上に疲労が蓄積されていたらしいな。
今は少しだけ体の重さが解消されている。
結局時間いっぱいまで寝転けてしまったので、ミュウラー達には会わないまま、見張りに立つ事になった。
夜の闇を照らすように海底へと降り注ぐマナが、ひらりひらりと優しくたゆたっている。
今は大体、11時を過ぎた辺りかな。
見張りはそれぞれ二時間交代だ。今は俺達、第六部隊と第五部隊の二部隊で見張りについている。
見張り台を集合地点として、定期的に2、3人に別れて外壁全体へと散って見回りをする。
異常があればすぐに見張り台にいる奴に知らせが行くようになっている。
今、見張り台に登っているのはリラか。
俺は見張り台の上を見上げ、のほーんとした様子で周りを見回しているリラの姿を確認した。
あの人はどうしてこう、のんびりした人なんだろうなぁ。
その性格を少し羨ましいと思いながら、俺は見回りを終えて、外壁から降りた。
一緒に見回りをしていたメノー達がそんな俺の後に続く。
今の所、特に異常はなく、静かなものだ。
これでまた明日の朝には、戦闘が再開される。それが信じられない程に、今は静けさに満ちている。
嵐の前の静けさ……とは、こういった事を言うのかな。
「おー、見回りご苦労さーん」
と、戻ってきた俺達を、先に戻ってきていた面々が迎えてくれる。それぞれの持ち場を見回り終え、見張り台の側でたむろしている。
流石に時間いっぱいずっと見回り続けている訳にはいかないからな。
あと戻ってきていないのは、第五部隊の数名とルナだけか。
俺は辺りを見回して、メンバーを確認した。
「東側Aブロック、特に異常ありませんでしたよー」
一緒に見回りをしてくれたヴェンレクスが、誰に言うでもなく報告してくれる。
そのまま、他の見張りに出た連中を待ちながら、適当に時間を潰す。
武器の手入れをしている者もいて、かちゃかちゃという部品の擦れる音だけが辺りに響いた。
「……うーむ、すまねぇ、少年。ここは、どうやったらいいんだっけか?」
そんな中、グラナダが銃の手入れに困ったのか、俺に声をかけてくる。まぁ、元々銃は使い慣れてないみたいだし、メンテするのは難しいよな。
俺は苦笑を浮かべ、銃を受け取ると、取り外されていた部品をはめ直していく。
それをグラナダが感心した様子で、見下ろしてくる。
まぁ、銃の種類によって部品の場所は多少異なるが、作りは基本的に一緒だ。
カチャンッと最後の部品をはめ直し、動作確認の為に少し弄ってみる。
良し、完璧だ。
動作確認を終えた俺は、その銃をグラナダに返した。
「ほー、すごいもんだな、少年。ありがとな」
銃を受け取ったグラナダは俺に笑いかけ、くしゃりと頭を撫でてくる。
だから、頭撫でるのやめて下さい。
ずれかかった兎の耳をつけ直しながら、非難めいた視線を向ければ、グラナダは気にもせずに笑っている。
全く、良い意味でも、悪い意味でも、空気を読まない人だな。
だが、それが彼の性格なのだろうと、俺は僅かに肩を竦めた。
と、そんな俺達の所に誰かが街の方か歩いてくる。
誰だろうと思ってそちらへと意識を集中していると、その人物は真っ直ぐにこちらへとやってきた。
船乗りの制服に身を包んだ出で立ちのその中年男性は、軽く手を挙げると俺達の元へ歩み寄った。
「見張り、ご苦労様。異常はないかな?」
スタン船長は俺達を見回し、問いかけてくる。それに俺は異常はないと応えた。
「どうしたんですか?こんな所に来て。……何かありましたか?」
俺の問いかけに、スタン船長は笑いながら首を振った。
「いや、眠れなくてね。潮の様子を確認しておこうと思って、来てみただけだよ」
特に異常はないようだね、と俺達を安心させるように笑いながら、スタン船長は言った。
海の中でも、潮の流れって分かるものなのか……
航海士としての感とでも言うのかな。
潮の流れを読んでいるスタン船長を密かに観察していると、いつの間にか側に寄ってきていたヘイゼルが、くいっとスタン船長の袖を引っ張った。
「……ねぇねぇ、聞こうと思ってたんだけどさ」
「ん?どうしたのかね?」
スタン船長を見上げ、興味津々な表情で見上げるヘイゼル。それにスタン船長はきょとんとした様子で、ヘイゼルを見下ろした。
「どうしてスタン船長はアクアにいたの?」
普段はメガロカンパニーの船で、カバリア島と本島とを行き来している筈なのに。
そう疑問を投げかけてくるヘイゼルの様子に、スタン船長は僅かに意味ありげな表情で苦笑して見せた。
「……休みになると、私はここに来るようにしているのだよ。捜し物が……あってね。今回も、休みを利用してアクアリースを訪れていたら、この騒ぎに巻き込まれてしまったんだ」
ふっと、僅かに遠くを見つめるように、外壁の向こうへと視線を投げるスタン船長。その背中が哀愁を漂わせるように、少しだけ小さく見えたのは、気のせいだろうか。
何か重たいものを背負っている様子のスタン船長は、静かに目を伏せて、話してくれた。
「……私は昔、サンタマリア号という貿易船の船長をしていたのだよ。だが、私の判断ミスで、船員達を死なせてしまった……私は、幸か不幸か、一人生き延びてしまってね。今はメガロカンパニーで仕事をさせてもらっている」
「……スタン船長……」
「そんな私に、とある情報がもたらされたのは、もう随分前の事だ。……このゴーストブルー近海で、沈没したサンタマリア号の残骸が発見されたのだよ。……私は、せめてもの償いに、遺族の元へ船員達の遺品を届けたいと、ゴーストブルーへ足を運ぶようになった。……ただ、それだけだよ」
つまらない話さ……と、僅かに自嘲するような笑みを浮かべて、スタン船長は話してくれた。
なるほど、彼の背負ったものはそういうものか。
自分のミスで船員を死なせてしまったというその責任と罪悪感。それがどれ程重いものなのか、俺には想像もつかない。けれど、相当な苦しみなのだろうという事は分かる。
いつか、彼の苦悩が少しでも解消されればいいと、その哀愁の漂う背中を見つめ、俺は密かに思った。
「……すまない。つまらない話をしてしまったね。では、私はもう少し見回りをして戻る事にするよ。引き続き、見張りを宜しく頼むね」
場の雰囲気を重くしてしまったと、僅かに苦笑を浮かべて、スタン船長は俺達を気遣ってくれる。ひらりと小さく手を振ると、スタン船長は外壁に沿って歩いていった。
小さくなっていく背中を見つめながら、俺達はスタン船長を見送った。
「……やっぱり、それぞれ理由があるんだね」
スタン船長を見送った後、ぽつりとヘイゼルがそんな事を呟いた。それに俺はヘイゼルを見下ろした。
「まぁ、それぞれ背負うものがあるさ。ヘイゼルにだって、島に来た理由とかあるんだろう?」
俺の問いかけにヘイゼルは顔を上げて俺を見た。
「……うん。俺、強くなりたかったんだ。この島に来たのは、その修行の一環。……ほら、俺って外見がこんなんじゃん?どうも、龍族の血が一段と濃いみたいでさ。外見がずっと変わらないんだ」
ヘイゼルは苦笑を浮かべるように、くしゃりと笑う。
龍族は元々長命な生き物だ。成龍となった後は、外見の変化もなく、数百年と生きる事となる。根本的に、俺達とは生き物としての時間の流れが異なる存在なのだ。
「……だから、仲間内で馬鹿にされちゃってね。それで、そいつ等よりも早く成龍になって、見返してやろうと思って、修行に来たんだ。俺だって、役に立つんだぞってね」
ヘイゼルは苦笑を浮かべながら、足下に転がっていた小石を軽くけっ飛ばした。それはころころと転がり、闇の中に消えていく。
外壁に寄りかかり、沈黙を守っていたラセットが、ふぅっと紫煙を吐き出し、小さく笑った。
「……下らない理由だな」
「煩いな。俺にとっては、結構重要な事だったのっ!」
ラセットの茶々に、ヘイゼルはキッとラセットを睨み付ける。それにラセットは肩を竦めると、珍しくそれ以上の反撃は返ってこなかった。
「……まぁ、早く大人になりたいって気持ちも分からなくはないけどな。だけど、子供の時間っていうのも、大事なものだと思うぞ」
そんなヘイゼルに助言するように、グラナダがぐしっと彼の頭を撫でる。それにヘイゼルは僅かに眼を細め、グラナダを見上げた。
「時間が経てば、嫌でも大人になるんだ。けど、子供の時間ってのは、限りがある。甘えられるうちは、いっぱい甘えて良いと、俺は思うな。先を急ぐ必要なんてないさ」
なんて、少し年寄り臭いかな……そう言いながら、グラナダは笑った。それにつられたのかヘイゼルも笑い、落ち込んでいた雰囲気が少し和らいだ。
そこへ第五部隊の数名が戻ってきた。けれど、ルナともう一人、第五部隊の牛族の青年がまだ戻っていないか。
手を振りながら歩み寄ってくる彼らを迎えながら、俺も軽く手を振り返した。
と、ぐぐぅぅと、誰かの腹の虫が鳴り響く。
先程まで漂っていた雰囲気を壊すには十分な威力だった。
お腹を押さえたリノがあははと笑い出すと、周りにもその雰囲気が伝染して、場の空気が和らいだ。
まだルナ達が戻ってきていないが、少し休憩しようかという事になり、リラが見張り台から降りてくる。
まぁ、夕飯を食べたのが夕方くらいだったからな。あれからもうかなりの時間が経っているし、腹も減って来るというものか。
「何だか、あたしもお腹減ったなー」
でも、今食べると、太っちゃうかなぁ。なんて言いながら、メノーが笑う。それにつられて、皆が笑う。
結局そのまま食べ物の話になり、余計お腹が減る話題へと発展していく。
話し好きな連中だから、話の火がつくと一気に燃え広がるな。
「駄目だ、俺も腹減ってきた。何か食い物が欲しいな」
「今なら、まだ炊き出しやってるんじゃないかなぁ。誰かなんか貰ってくる?」
結局そんな話にまで発展し、誰かが貰いに行く事に。
じゃんけんの結果……俺が取りに行かされる羽目になった……
「あはは、副隊長さん、じゃんけん弱ーい」
「遅出しで負けましたね、あれ」
「ある意味、器用だよねぇ」
う、うるさいやい。じゃんけんはタイミングはずれるから苦手なんだよっ!
口々にぼろくそ言われてるのを聞きながら、俺は小さく溜息をつくと、銃を背負いなおして街の方へと歩き出した。
「お酒とかあったら、持ってきてくれると嬉しいなぁ」
「こぉら、リノちゃんはまだ未成年でしょうが」
調子に乗ったリノが笑いながら俺の背中に言うが、直ぐさま隣にいたリラがずべしっとリノの頭を軽く叩いた。
その様子に苦笑しながら、俺は街の中へと歩いていく。
街の中はしんと静まり返っており、少し不気味な雰囲気に思えた。
まぁ、住人の大半は街の奥のキャンプ地に避難しているので、人が全くいないゴーストタウンという訳ではないのだが。
外壁の側の住宅や商店街などは、既に放棄され、無人の家々が立ち並んでいる。
街の中心程にもう一つバリケードを作ってあり、そこが第二防衛ラインとなっている。
流石に第一防衛ラインが破られた時の保険を作っておかなければ、何かあった時に何の対処も出来なくなる。
アクアリースにいた職人達が不眠不休で二日という短い期間で組み上げてくれたそのバリケードは、かなり丈夫に出来ていると思う。
職人達もこれだけ必死に頑張ってくれているのだ。俺達も頑張らないとなと、ひしひしと伝わってくる気がした。
確かに、この第二防衛ラインを使う事がなければいいと思ってしまうけれど、戦闘はどんどん激しさを増してきている。
この第二防衛ラインを使うようになるのは、きっと遠い事ではないのだろうと、盲目的に誰もが知っている。
住民達には既に第二防衛ラインの奥へと下がって貰っている。夜は攻撃がないとはいえ、どうなるかなんて分からないからな。
家を空ける事に抵抗を示した住民達もいたのだろうが、クア村長らの地道な説得のおかげで大きな混乱もなかったそうだ。
これもクア村長の人徳の為せる技、という事かな。
第二防衛ライン近辺に近付くと幾つか明かりが漏れている住宅が確認出来る。
この辺は、救護部隊の持ち場だ。歩きがてら窓の外から中を覗くと、部屋の中にはいくつものベッドがあり、怪我をした防衛部隊の面々が寝かされていた。
だが、怪我人の数が多いのか、ベッドが足りず、床に寝ている姿も見て取れる。
どれだけ今日の戦闘が激しかったのか分かるようだなと、怪我人の多さに僅かに顔をしかめた。
「……あれ?ラフィさん?」
そんな俺に声がかかる。俺は窓から視線を動かし、声の主を見た。
「どうしたんですか?こんな所で」
ルビーはその青い瞳で俺を見つめ、きょとんと小首を傾げて見せた。その手には大きなバスケットを抱えており、まだ仕事をしていたのかと、ルビーを見た。
「ルビーさんこそ、こんな時間まで仕事してたのか?」
「はい。救護部隊の方が落ち着いてたので、ちょっと明日の朝食の仕込みのお手伝いを。で、ラフィさんは?」
俺の問いかけにルビーはこくりと頷くと、再度俺に問いかけてくる。それに俺はここまで来た経緯を話した。
「なるほど、そうだったんですか。じゃあ、早速これが役に立ちますね」
俺の話を聞いたルビーはにっこりと笑って、手に持っていた大きなバスケットへと視線を落とした。
「見張りの人達がそろそろお腹を空かせてる頃だろうって、炊き出しのおばさん達が作ってくれたサンドイッチです」
丁度持っていく所だったんですよっと、ルビーは笑う。それに俺はきょとんとして、バスケットを見下ろした。
何だよ、もう少し待ってれば、取りに来る必要なんてなかったんじゃん。
タイミングが悪いというのか、良いというのか……時々絶妙なタイミングで登場する人だからな、ルビーさんは。
彼女は何らかの神様にでも愛されているんじゃないだろうかと、常々思う。
いつもタイミングが神がかってるんだもんな、ほんと。
「じゃあ、後は俺が運ぶよ。ありがとな、ルビーさん」
俺は苦笑を浮かべて、バスケットを受け取ろうとした。それにルビーは俺にバスケットを渡したのだが、そこで何かに気がついたのか、あれっと首を傾げた。
「……あれれれれ?もしかして、私ったら水筒置いて来ちゃった?」
あわあわと自分が歩いてきた道を振り返ったり、持ってきたバスケットの中を確認したりしたルビーは、自分が忘れ物をしている事にようやく気がついたのか、やっちまったーと頭を抱えた。
「ごめん、ちょっと待ってて。すぐ持ってきますからっ!!」
ルビーは俺に念を押すように言って、あっという間に元来た道を逆戻りしていった。
すぐですからねぇぇぇ、と叫びながら走っていくその姿を、俺は呆然としたまま見送った。
そんなに急がなくても良いのに……
俺は呆然と彼女が走り去っていくのを見送っていたが、どうしたものかと肩を竦めた。
一人になると、急に周りの音が静かになる。
しんっと静まり返る街の中は、やはり少し不気味だ。
絶えず海底へと降り注いでいるマナの粒子を見上げ、ルビーが来るまでどうしようかと、手持ちぶさたにしていると、近くの建物から話し声が聞こえる事に気がついた。
何だろうと思って、建物の方へ近寄ると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……なるほど、そちらの状況はよく分かった。次は……」
凛と通るこの声は我らが総司令、レスター・スカーレットのものだった。それ以外にも何人も同席しているらしく、ここで作戦会議をしているようだった。
「備蓄食糧はまだ余裕があります。弾薬や針なども、まだ。けれど、弾薬などの消費がかなり早いです。このままの戦闘が続けば、あと三日と保たないでしょう」
アクアリースの倉庫を管理しているアンジェリナが神妙な声で、備蓄に関しての報告をしている。
確かに、一日に撃つ弾薬の数は相当なものだ。それは戦っている俺達が一番よく分かっている。その報告にレスターは、わかったと渋い声を出した。
弾薬などが尽きれば、あとは直に戦うしかなくなる。そうなれば、戦闘は更にきついものへと変わるだろう。
「現在、救護部隊の元に収容されている怪我人の数は、54名です。そのうち、冒険者が23名、一般の方が31名となっています。それ以外に軽傷の方も多く、こちらも薬の消費量がかなりのものとなっています」
今度は、救護部隊班長であるフレンチメイドが報告を始めた。戦闘が始まって二日で戦闘不能者が54人か。
少ない方と言えば、確かに少ない方なのかもしれないが、これからまだまだ怪我人は増える事は目にみえている。
それに、死者の数は報告されていないが、それもかなりの数になるだろうと思う。俺が知っている中でも、他の部隊の連中が数人、命を落とすのを見た……
俺はその時の事を思い出し、ぎりっと拳を握り締めた。
フレンチメイドの報告に続いて、今度は合成士のポールが声を上げた。
「薬は随時、俺とナディアの姐さんで調合しているが、材料がな。あり合わせのもので今はまだ何とか出来るけど、それも時間の問題だろうな」
「あと、合成士は私達しかいないのは分かっているけど、やはりこちらも人手不足ね。薬を作るにしても、手が足りなさすぎるわ。少しこちらにも、人員の補充をして欲しいのだけれど……」
無理よね、と僅かに沈んだ声で、ナディアが報告を続けた。
その言葉にクア村長が僅かに唸ったような声を上げたのが聞こえた。
「……人員の増加は何とか検討しよう。洞窟の復旧作業に回って貰っているネイト君にもそちらに回って貰うとして、あと数人、補佐として声をかけてみよう」
「ありがとうございます」
クア村長の言葉に、ナディアが僅かに安堵したような声で礼を言った。
確かに薬がなくなれば、助からない怪我人の数が増える。それだけは避けたい所なのだろう。
「それで、一番重要な洞窟復旧作業の方は、現在どのような状況かね?」
クア村長の言葉に、俺は更に聞き耳を立てた。ほんとはこんな事、聞いちゃいけないんだろうけど、それでも気になるものは気になる。
戦っているこちらには情報はほとんど来ない。それは混乱を避ける為にという配慮なのかもしれないが、分からない事は悪戯に不安を駆り立てるものだ。
俺は固唾を呑んで、言葉を待った。
「……あまり芳しい状況ではない事は確かだ。現在、コーラルビーチ方面の洞窟の作業状況は3割程度、といった所か。少し固い岩盤にあたってしまったようで、作業が難航している。ゴーストブルーから来たポプリも一緒に頑張ってくれているが、なかなか……」
復旧作業にあたっているネイトが苦々しい声でそう語る。その報告にクア村長は僅かに唸り、もう一人の方へ報告を促した。
「すまんが、こっちのマリンデザート方面の洞窟も同じようなもんだ。皆、頑張ってくれちゃーいるのだがな。何分、穴掘りに関しちゃ素人ばかりだからな……」
時間がかかっていると、マックスも苦い口調でそう言葉を濁した。
やはり、まだまだ時間はかかるか。
僅かに落胆したような気持ちを覚えるのを感じながら、俺はその場から離れる事にした。
あまり立ち聞きしていて良い状況ではないだろう。俺が今聞いてしまった事は、他の人には言わない方がいい。周りを悪戯に混乱させるのは避けたい所だ。
元々、復旧作業は芳しくないという噂を聞いていた分、ある程度予想はしていたが、実際に聞いてしまうと少しダメージがでかい。
皆、頑張ってくれているのは勿論分かっている。分かっているけれど、俺達がどこまで保つかが分からないのが、一番怖い。
復旧作業が間に合わなければ、待っているのは絶望だ。
それは、誰もが分かり切った事だ。
俺は作戦会議をしている場所から離れ、ルビーと別れた所まで戻ろうとしたのだが、その途中で小さな影を見つけた。
こんな時間に誰だろうと、俺は首を傾げ、建物の側に立ち尽くしているその影に歩み寄った。
「……ミラさん?」
白い帽子に、黒いワンピースのその少女。俺の声に驚いたのか、彼女は慌てた様子で顔を擦って、俺を振り返った。
「冒険者さん……な、何かミラさんにご用ですか?」
僅かに慌てた様子を隠しながら、ミラは俺を見上げて笑いかけてくる。だが、目元が赤く充血している。もしかして、ここで泣いていたのか?
「……え、えへへ……格好悪い所、見られちゃったかな……」
俺が状況を察してしまったのを理解したのか、ミラは誤魔化すように微笑んでみせた。だけど、その顔はひどく痛々しくて、無理をしているのがはっきりと分かった。
そんなミラの様子が何とも辛そうで、俺は小さく首を振って見せた。
「……泣く事は、別に恥ずかしい事じゃない、と思うよ」
俺は腰を屈め、ミラへと視線を合わせる。それにミラはその大きな瞳でただ、俺を見ていた。
「大丈夫?……何か、あったのかい?」
「……………………」
俺の問いかけに、ミラは僅かに俯いた。だが、その肩が僅かに震えている。
泣きたいのに、堪えているような、そんな様子の彼女の姿に、俺は苦笑を浮かべた。
「泣いて良いんだよ。……辛い時は、無理に我慢なんか、しなくて良いんだよ」
大丈夫だから、と優しく頭を撫でてやると、ミラは耐えられなくなったのか、その大きな瞳から涙を零した。
やはり、無理して耐えていたらしいな。
考えてみれば、彼女はまだ11歳の少女だ。こんな辛い状況の中、必死に頑張って俺達をサポートしてくれていたけれど、大変な事だったろうと思う。
ミラは次から次へと零れる涙を両手で拭うが、涙は止まらなかった。
「……わた……私……モンスターギルドの一員なのに……な、何にも……出来なくて……ひっく……それが、情け、なくて……ひっく……」
ミラは僅かにしゃくり上げながら、胸の内を話してくれた。
「それに……ハンターマスター様も、飼育係さんも……ひっく……誰も、いなくて……ひっく…………私、一人じゃ……心、細くって……皆の前で……あんな事、言ったのに……皆が、頑張って、戦ってるのに……ひっく…………何にも、出来ないのが……悔しい……」
ぐすぐすと涙を拭いながら、切れ切れに話すミラ。自分の無力さに歯がゆい思いをしているその様子に、俺はただ、その頭を撫でてやった。
「……ミラさんは頑張ってくれてると、俺は思うな。あの時の演説だって、ミラさんがいてくれたから、皆が戦う事を受け入れられたんだと思う」
一昨日、彼女が皆の前で言ってくれた言葉を思い出しながら、俺はミラへと笑いかける。
共に戦おうと、あの群衆の前で言う事は、かなりの勇気が必要とされた事だと思う。それでも、彼女が精一杯の勇気を振り絞って、あそこでああ言ってくれなければ、ここまでの団結力は生まれなかったかもしれない。
こんな小さな体で、必死に頑張っているミラの姿に、皆が勇気づけられているのは確かな事だと思う。俺も、彼女のおかげで、この状況を受け入れられたんだと思うから。
「皆、君の姿に励まされたんだよ。君の頑張ってくれてる姿に、自分も頑張らなきゃって、勇気を貰ったんだよ。無力なんかじゃないよ。君はこんなにも、色んな人に影響を与える力を持っているんだから」
すごい事だよ、と笑いかけると、ミラは僅かにしゃくり上げながらも、少し落ち着いてきたようだ。次第にその瞳から零れる涙も、少なくなっていった。
「それに、ミラさんは一人なんかじゃないだろ。皆、一緒だよ。一緒に、この状況から抜け出そうと、頑張ってる。皆、早く終わらせたいんだ、こんな事。……確かに俺達、一人一人の力なんて、魔物達の力に比べたら本当にちっぽけなものかもしれない。でも、それでも皆で協力して、一緒に今を生き抜いてる」
皆、一緒なんだよ、とその涙のあとを拭ってやると、ミラは僅かにはっとした様子で、その大きな瞳で俺を見た。
「……そう、でしたね……私達は、運命共同体でしたよね……」
一人で、全部を背負い込んだ気持ちになっていました、とミラは目元を拭いながら、苦笑を浮かべた。
まだ、少し泣き笑いみたいな顔になっているが、どうやら、随分落ち着いたみたいだな。
確かに、彼女にのし掛かったものは相当なものだろうと思う。一人でモンスターギルドを守らなければいけなかったその責任と重圧。この事件が起こってからは、唯一のモンスターギルド員として多忙な日々を過ごしていたのだろう。
誰にも弱音を吐かずに、頑張っていたその姿は、皆の記憶に残っている。
「……ごめんなさい。お話、聞いてくれて、ありがとう。冒険者さん」
俺に胸の内を話した事で、随分楽になったみたいで、ミラは涙を拭って微笑んだ。
まだ目尻に涙が残っているけれど、それでも、もうその涙は零れる事はなかった。
どうやら、普段の彼女に戻ったみたいだ。それに俺は彼女に笑いかけ、ぐしっとその頭を撫でた。
「あ、ラフィさん、そこだったんですか!」
と、そんな俺の背中にルビーの声がかかる。俺は立ち上がり、ルビーを振り返った。
「もー、いないんですもん、探しちゃったじゃないですかー」
「あ、ごめん、ルビーさん」
大きな水筒を片手に、ルビーは僅かに頬をぷくっと膨らませ、俺に駆け寄ってくる。走ってきたのか、僅かに息が上がっているその様子に、悪い事をしたな、と苦笑を浮かべた。
「まぁ、お待たせしちゃった私が悪いんですが……はい、これ。水筒ですよ」
「ありがとう、ルビーさん」
「そういえば、さっきミュウラーさん達に会いましたよ。何かラフィさんの事探してたから、見張りに出てますよーって言っておきましたけど」
「そっか、何か用だったのかな?」
「さぁ、そこまでは……」
まぁ、確かに俺も彼らに会いたいとは思っていたけれど、今はまだ駄目だな。
見張りに戻らなきゃならないし。でも、何か用事でもあったのかな?
俺は僅かに首を傾げながら、差し出された水筒を受け取った。その様子を不思議そうに見ていたミラが、俺を見上げている。
「これから、どちらかに行かれるのですか?」
「うん、見張りの途中なんだ。ちょっと、部隊の人達にパシられて……」
問いかけてくるミラに、俺は事情を説明しようとした。
だが、その瞬間。
けたたましい爆発音が、外壁の方から響いてきた。
「――っ!?」
ゴォッと爆風の影響か、水が勢いを増して、俺達に叩き付けられる。俺は足を踏ん張り、何とかその水圧に耐えた。だが、体格の小さいミラでは、この水圧はきついはずだ。
背中にミラを庇い、俺はぎりっと歯を食いしばって、彼女の壁になった。
地面が爆発の衝撃でびりびりと揺れている。
一体外壁の方で何があったのか……
水圧が収まるのを待って、俺は持っていた水筒とバスケットを手放すと、すぐに外壁の方へと走り出した。
そんな俺の後に、ミラとルビーが続く。
嫌な予感が、ひしひしとする。
見張りに立っている皆は無事なのか……
どうか、無事でいてくれと、祈るような気持ちを抱え、俺は走った。
どくん、どくんと、心臓が早鐘のように脈打ってるのを感じながら、走る足に力を込め、地面を蹴りつけた。
そして、辿り着いた先で見たものは……
「……こ、これは……」
そのあまりの光景に立ち尽くしている俺の側に、追いついてきたルビーが、口元を押さえ、驚愕の声を上げた。それを少し遠くに聞きながら、俺はぎりりと拳を握り締めた。
目の前に広がるのは瓦礫の山。あれだけ強固だった外壁の一部が、見るも無惨な岩の固まりと化しているその光景は、ひどく非現実なもののように見えた。
そこに見張りに立っていた彼らの姿はなく、嫌な予感だけがひしひしと胸を歪ませる。
俺は震えそうになる足を動かして、一歩前に足を出した。
一歩踏み出せば、慌てたようにもう片方の足がついてくる。
俺は転びそうになりながら、崩れた瓦礫の側に走った。
「誰か……誰か、いないのかっ!!」
俺は声を上げて、生存者を捜した。そんな俺の姿にはっとしたのか、ルビーもまた瓦礫の側に駆け寄ってきた。
「わ、私……クア村長達に知らせてきますっ!!」
ミラはそんな俺達の背に叫ぶと、元来た道を全速力で駆け戻っていった。
その声を聞きながら、俺は必死に瓦礫の山をひっくり返していた。
「……っ……ぅ……」
そんな俺の耳に、微かな呻き声が届く。俺ははっとして、その声のした方の瓦礫へと駆け寄った。
大きな瓦礫の側に何人かが倒れ込んでいる。俺は慌てて彼らの体の上にのし掛かっている瓦礫を避けた。
「大丈夫か!しっかりしろっ!!」
俺は声を張り上げ、彼らに声をかけた。そこに倒れていたのは第五部隊の冒険者達だった。
皮肉屋の龍族の青年、ノリの良い狸族の青年……そして、エリクサーを転売しようとした商売上手な獅子族の少年の、変わり果てた姿が、そこにあった。
他の二人は既に事切れてしまっているようだが、獅子族の少年は微かに息があるものの、爆発で受けたであろうその傷は、十分に致命傷に見えた。
「……何があったんだ……おいっ!!」
俺は獅子族の少年を助け起こしたが、苦しそうな息の中で、言葉は紡がれなかった。
ヒュー、ヒューと、空気が漏れるような、苦しそうな呼吸音。その中で、彼は俺を見上げたようだったが、それも長くは続かなかった。
僅かに開かれていたその瞳から、光がこぼれ落ちていく。命の灯火を散らすように、虚ろな瞳で俺を見上げたまま、彼もまた、逝ってしまった。
「おい……逝くな……おいっ!!」
それに俺はざわりと胸が波立ち、必死に彼を揺すった。けれど、その体は力無く揺れるだけで、彼は戻ってこなかった。
俺は自分の無力さに、ぎりりと歯を食いしばった。
そして、気がついた。
こんな今際の時に、呼んでやれる名前を、俺は知らないんだと……
ほんの何分か前まで、一緒に、一緒に笑っていたというのに……俺は……彼らの名前を知らない。呼んでやる事も出来ないんだ。
その事実に、じんっと眼の奥が熱くなるのを感じながら、少年の虚ろに開かれた瞳を閉じさせてやった。
「……ゲホ……っ……」
少年をそっと地面に横たえていた俺の耳に、微かな息遣いが聞こえた。
俺ははっとして、そちらへと視線を走らせると、少し離れた瓦礫の側に服の裾が見えた。
まだ、誰か生き残っている。
俺は慌ててそちらへと駆け寄った。
瓦礫の下に僅かに見えるその見覚えのある姿に、どくりと心臓が嫌な鼓動を打つ。
俺は直ぐさま、その瓦礫をどけて、下にいるであろうその人物を見た。
「ヘイゼルッ!!しっかりしろ、ヘイゼルッ!!」
力無く倒れているヘイゼルの体を抱き起こし、俺は声の限りに叫ぶ。その声を聞きつけて、ルビーが俺の側に駆け寄ってくるのを感じながら、俺はヘイゼルへと声をかけ続けた。
「……ラフィ……オ……?」
か細い声が、俺の名前を呼ぶ。苦しそうな息の中、ヘイゼルが俺を見上げ、名前を呼んだ。
それに俺は頷きを返し、彼の手を握り締めた。
「ああ……俺だよ……今、手当てしてやるからな」
俺はそっと彼の体を横たえると、傷を見ようと彼の服に手をかけた。
腹部が赤く染まっている。嫌な予感を抱えながら、服をはだけて、傷を見た。
だが、そこで俺の手は、ぴたりと凍り付いた。
「…………これは……」
俺の後ろから、ヘイゼルの傷を見たルビーが、か細い声を上げた。
それが、全てを語っていた。
ヘイゼルの受けた傷は、致命傷だ。
内臓の幾つかが、飛んできた瓦礫の破片によって使い物にならなくなっている。これでは、到底助からない……
どんな名医でも、これだけ中身が破損してしまっていては、どうする事も、出来はしない。
どうして、こんな事に……
胸に渦巻く黒い霧が、俺の心を塗りつぶす。
俺は何も出来ない自分に歯がゆさを覚えながら、ただ、唇を噛みしめた。
「……なんて……顔……してんのさ……ラフィオ……」
そんな俺を見上げ、ヘイゼルが僅かに顔を歪めながら笑う。その表情は、ひどく痛々しくて、だけど、俺を励まそうとしているのが、ひしひしと伝わってきた。
自分がこんな状態なのに、他人を気遣わなくて良いんだよ……
俺は泣きそうになるのを堪えながら、ヘイゼルを見た。
「……わかって……る……助からない……んだろ……?」
げほりと、血を吐きながら、ヘイゼルが、笑う。それに俺は頭を振った。
「いいって……気を遣わなくて…………俺……ちゃんと、わかっ……て……る、から……」
「……っ…………ヘイゼル……」
弱々しい声で、笑うヘイゼルの姿が、ただ辛くて。
俺は彼の手をぎゅっと握り締めた。
彼の命が零れないように、どこへも、逝かせないように……
そんな事をしたって、無駄な事は分かってる。分かっているけれど、それでも……
握り締めた彼の手は、まだ温かかった。
「……なぁ……ラフィオ……」
苦しげな息の中から、ヘイゼルが俺に声をかける。俺は顔を上げ、彼を見た。
彼は仰向けのまま、ただ上を見上げ、見える筈のない地上へと想いを馳せているようだった。
「……俺……少しは……役に……たてた……かな……?」
だんだんと虚ろになっていく彼の瞳。その瞳を見つめながら、俺は力の限りに彼の手を握り締めた。
「ああ、役に立ってくれたよ、ヘイゼル……お前以上のサポートはいないっ!!……だから……逝くな、逝かないでくれ、ヘイゼルッ!!」
涙が瞳から零れ落ちるのを感じる。戦闘の間、何度か怪我を負った俺を、仲間達を、ヘイゼルは治してくれた。その感謝を告げるように俺は声を上げて、叫ぶように言葉を紡ぐ。
そうする事で、何としても彼を、引き留めたかったのかもしれない。
俺の言葉を聞いたヘイゼルは、安堵したのか、力無く俺に微笑みかけた。
「……そ……か………あり、が……と……」
その言葉と微笑みを最後に、ヘイゼルは瞼を伏せた。
かくんと、彼の体が力を失う。握り締めていた手が、俺の手から滑り落ちて、ぱさりと彼の体の上に力無く落ちた。
命が……滑り落ちていく。
……俺の手から、零れ落ちていく……
俺は彼の命を繋ぎ止める事の出来なかった自分の手を握り締め、唇を噛みしめた。
涙が頬を零れ落ちるのを感じながら、ぎりりと歯を食いしばった。
俺の背後で、ルビーも泣いている。口元を押さえ、声もなく泣いている。
彼女にとって見ず知らずの冒険者だろうに、それでも泣いてくれている彼女に心の中で感謝しながら、俺は拳を握り締めて、立ち上がった。
泣いている事は出来ない。立ち止まっている事なんて、出来ない……
ごめん、ヘイゼル……俺は、行かなくちゃ……
心の中でヘイゼルに謝罪の言葉を紡ぎながら、俺は立ち上がった。
その瞬間、瓦礫の一部が盛り上がり、どかんと音を立てて跳ね上がった。
巻き上がった砂煙の中に何者かの影が見えて、俺ははっとして視界を懲らした。
「ゲホ、ゴホッ……あー、もう、泥だらけじゃないー」
「ケホ、コホ、ケホ……」
聞き覚えのある声が幾つも砂煙の中から聞こえてくる。やがて、煙が晴れて、中から現れたのは、白髪の獣人と、メノーとヴェンレクスの姿だった。どうやら、あの白髪の獣人が瓦礫を跳ね上げたようで、彼が二人を守ったらしい。
「はぁ、あの爆発で、命があるだけマシだと思いますけどね。大丈夫ですか、二人共」
白髪の獣人は聞き覚えのある声で二人に言うと、座り込んでいた二人を助け起こした。
あれは、もしかして、ヴァレフなのか。
そういえば、狸族はミューティションという変身する技を身につけていると聞く。
あれが、彼のもう一つの姿なのか、と俺は呆然と彼らを見つめてしまった。
そんな彼らの姿に、心からほっとする自分に気がついた。
生きていてくれた……ただ、それだけで、救われる気分だった。
と、そんな彼らの側で、また瓦礫が盛り上がる。流石にヴァレフのように跳ね上げたりはしなかったが、ごろりと瓦礫を転がし、その中からまた数人が立ち上がった。
中から出てきたのは、グラナダと、そして、リラ、リノ、ラセットの四人だった。
「ケホ、ゲホ……はぁ、生き埋めになるかと思ったー」
「ひでー目にあったもんだ……」
リノとグラナダがぼやきながら、体についた埃を払っている。
呆然と立ち尽くしていた俺ははっとして、彼らに駆け寄った。
「皆、大丈夫かっ!」
駆け寄る俺の姿に気がついて、皆の視線が俺に集まる。周りの状況を見た彼らは僅かに驚きの表情でこの悲惨な状況を見た。
「副隊長さん、無事だったんだね」
「ああ、俺の方は何とも…………でも、第五部隊の連中と……ヘイゼルが……」
俺の無事を喜んでくれるリノ。俺はそんな彼らに、仲間の死を告げなくてはいけない。
ぎりりと拳を握り締め、言葉を告げる事を躊躇う俺の様子に、何があったのか察してくれたグラナダが俺の肩を優しく叩いた。
「……それは、辛い思いをさせちまったな……」
「………………」
グラナダの言葉に涙が滲みそうになる。だが、俺は歯を食いしばってそれに耐え、皆を見回した。
「……一体、ここで何があったんだ?」
俺の問いかけに、僅かに顔を見合わせる彼ら。いつの間にか元の姿に戻ったヴァレフが口を開いた。
「……私達も、全部を把握している訳ではありません。ただ……見た事もない虫達が急に何処からともなく現れて……」
「それが、どっかーんっと、爆発しちゃったのよ、一斉にっ!」
もう、すごかったんだからっと、ヴァレフの言葉を継いで、メノーが身振り手振りを加えて話してくれる。
自爆する虫?……そんなもの、このカバリア島にいたか?
疑問に思っていると、いつの間にか側に来ていたルビーが、つんつんとヴェンレクスを突っついた。
「虫って、もしかして、あんな虫ですか?」
きょとんとした顔で、崩れた外壁の向こうを指差すルビー。それにヴェンレクスは振り返り、
「そうそう、あんな虫ですよ……って……」
あははと笑いながら、世間話をするように話していたヴェンレクスは、一呼吸を置いてようやく事態を理解したのか、はっと息を呑み込んだ。瞬時に緊張感が俺達を包み込む。
俺達は一斉に武器を構え、その虫達を睨んだ。
ぎち、ぎちっと羽音を響かせて、ボールぐらいの大きさの虫達が俺達ににじり寄ってくる。
こいつ等が、第五部隊の連中を、ヘイゼルを殺した魔物か。
俺はぎりっと怒りの炎が燃えるのを感じながら、銃の引き金に指をかけた。
その瞬間、街の方から何人かが足音を響かせ、走ってきた。
それが誰かと確認するよりも早く、魔力が俺達の側を走り抜けるのを感じた。
激しい雷鳴を響かせて、俺達に迫ってこようとしていた虫達に雷が一斉に襲い掛かる。
その激しい閃光に身を貫かれた虫達は、自爆するよりも早く焼け落ちた。
「お前達、大丈夫かっ!!」
レスターが赤いローブをはためかし、俺達の側に駆け寄ってくる。先程会議をしていた面々や、幾人かの冒険者達が駆けつけてくれたようだが、皆、あまりの光景に息を呑み込んでいる。
崩れ落ちた外壁の向こうに、夜行性の魔物達が集まってきている。
夜の海を支配する海賊の幽霊達の霊魂や、ウブス地方に徘徊している幽霊達や学園を徘徊している魔物達。そして、ローズガーデンの向こうに住むブラッド伯爵の軍勢である動く鎧達が、街へと侵入してくる。
今まで見た魔物達は大きく分けて、五つの地方から集まってきていた魔物達だった。
それぞれ、その地方には魔物達を束ねる主人がいて、その主人達は魔物達を従えている。
魔物の主人達は、それぞれの地方に別れており、別の地方への侵入を許さなかった。
彼らの間で取り決められた不可侵条約があるらしく、そこに住む魔物達は絶対に他の地方に渡ったりする事はあり得ない。
だが、今回のこの魔物の総攻撃は、その不可侵条約を逸脱するものだった。
という事は、それぞれの地方の主達が、手を組んだ事に他ならない。
今までは、ゴーストブルーを支配するプレデターを始め、マスターモンキーの軍勢と、トムベスの軍勢、テンタライオンの軍勢と、そして、このカバリア島全ての魔物達を支配する魔物達の王、スパイシードラゴンの軍勢だけだった。
だが、新しく侵攻してきた魔物達は、キャプテンスカルの軍勢と、マッドレイの軍勢、そして、ブラッド伯爵の軍勢だ。
まだ、ツタンカーメンとソキとクイーンオディニアの軍勢は見ていないが、この様子では、彼らもこの事件の裏にいるのだろう。
普段は馴れ合う事を絶対にしない彼らが、これ程までに協力しあっている。
こんな事があり得るのか……いや、現に事は既に起こっている。
この事件を招いた黒幕達は、一体何者なんだ。
渦巻く思考を振り払って、俺は侵入してきた魔物達に狙いを定めて、引き金を引き絞った。
他の冒険者達も、既に攻撃を始めているが、次々と魔物達が押し寄せてきている。
外壁もないこんな場所で、いつまでも持ちこたえる事は不可能だった。
「撤退だっ!!第二防衛ラインまで下がれっ!!」
レスターが声を枯らして、俺達に向かって叫ぶ。
撤退……この第一防衛ラインは放棄しろという事か。
外壁が崩れ落ちた時のマニュアルが頭を掠める。外壁の側に転々と幾つか油の入った樽がある。俺達がある程度離れた所で、レスターが生き残っている樽に向かって炎の魔法を放った。
ドカンッと音を立てて、油の入った樽が燃え上がる。それに繋がっていた導火線に火が伝わり、次から次へと、油の樽へと火が伝わって、炎の壁が出来上がった。
その炎の壁に阻まれて、魔物達が僅かにその歩みを止めた。
だが、相手は幽霊や鉄の鎧なんかだ。
怯むのはきっと一瞬だろう。そう長くは持たないが、第二防衛ラインまで下がるのには十分な時間稼ぎだろう。
第二防衛ラインへと走り出そうとした俺は、はっと気がついた。
そういえば、ルナの姿を見ていない。
さっき俺がここを離れた時には、まだ見張りに出ていた。
嫌な予感が駆け巡るのを感じ、俺は駆け出そうとしているラセットの腕を掴んだ。
「おい、ルナは?……ルナは、何処だっ!!」
俺は必死の形相でラセットに問いかける。それにラセットはこんな時に何を言ってやがるという顔で俺を見た。
「知らねぇよ。爆発が起きる前には戻ってこなかった」
まだ外壁の所にいるか、爆発に巻き込まれたか……ラセットは顔をしかめて、教えてくれた。
その言葉を聞いた俺は慌てて踵を返して、外壁沿いに走り出した。そんな俺の姿にぎょっとして、今度はラセットが俺の腕を掴んだ。
「おい、何処に行くつもりだっ!!」
「俺、ルナを探してから戻る!あんたは先に第二防衛ラインに行ってくれっ!!」
引き留めるラセットの腕を振り払うと、俺は走り出した。そんな俺を呼び止めるようにラセットが声を上げたが、俺はそのまま走った。
「……ちっ、あの馬鹿が……」
そう、俺の背中に向かって零された呟きは、俺の耳には届かなかった。
「ラフィさんっ!!何処に行くんですかっ!!」
俺が明後日の方向に向かって走り出した事に気がついたのか、直ぐさまルビーが俺の後に続いて走ってきた。
それに俺はぎょっとして走りながらルビーを振り返った。
「一人、いないんだっ!俺はその子を探してから戻る。だから、ルビーさんは先に第二防衛ラインに……」
「なら、一緒に行きますっ!!ラフィさん、いつも無茶するから、ミュウラーさん達が心配してたんですよっ!!貴方を死なせたりなんかしたら、私が怒られるんですからねっ!!」
絶対一緒に行きます、と強い口調で主張するルビーは、その意志の強そうなアズライトの瞳で俺を見つめた。それに俺は何も言えなくなり、分かったと頷いた。
「ルナッ!!何処だ、ルナッ!!居たら返事をしてくれっ!!」
俺は声を上げてルナの名を呼んだ。めらめらと燃える外壁に沿って走りながら、あの小さな姿を探した。
外壁はかなりの範囲に渡って壊れている。
至る所から魔物達が侵入してきており、俺は走りながらその魔物達を撃ち殺した。
ルビーも俺の後に続きながら、魔法で魔物達を退けてくれる。
と、そんな俺達の前に見知った影を見つけた。
俺達に向かって走ってくるあの姿は……俺は血の気が失せるのを感じた。
その人物は魔物達に襲われて、逃げている。
このままでは、あの人が危ない。
俺は慌てて銃を構えたが、彼の背後に迫った海賊幽霊が彼の命を散らす為にその剣を振り上げた。
「――スタン船長ッ!!!」
俺が引き金を引くよりも早く、その剣は振り下ろされた。それに俺は声を上げ、叫んだ。
ざんっと背中を斬られたスタン船長から、赤い霧のように血が広がった。
スタン船長が苦悶の表情を浮かべ、その場に倒れ伏すのがやけにスローモーションのように見えた。
俺は直ぐさま引き金を引き絞り、その海賊幽霊を撃ち抜いた。
銃口から放たれた弾丸は逸れる事なく海賊幽霊の体を撃ち抜き、貫いた。銃弾を受けた海賊幽霊は苦痛の声を上げ、捻れて、消えていった。
俺とルビーは直ぐさま倒れたスタン船長の側に寄った。
「スタン船長、しっかりしてくれっ!!」
駆け寄ったルビーが素早く、スタン船長の傷に回復魔法をかける。けれど、その傷は深く、血が止め処なく溢れて、赤い霧だけが広がった。
「……どうして、こんな所に……」
俺は苦しそうに喘いでいるスタン船長の姿に顔をしかめ、拳を握り締めた。
俺がもっと早くにあの海賊幽霊を仕留められたなら……ぎりりと後悔だけが胸を灼く。
「……大きな……音がしたから、君達が心配……でね……」
げほりと咳き込みながら、スタン船長がか細い声で言う。
さっき会った俺達の事を心配して、戻ってきたらしいその優しさが、こんな事態を招いたのか。
俺は悔しさに唇を噛みしめた。
「……私……は、こんな所で……まだ、死ねない……まだ、償いが…………終わって……ない、のに…………彼らの、元へ……は……まだ……逝けない……」
切れ切れに紡がれるその言葉。だが、喉元に溜まった血の所為で咳き込んで、それ以上の言葉が続かなかった。
スタン船長の治癒にあたっていたルビーだが、その深すぎる傷に回復魔法は届かず、悔しそうに俯いて、頭を振った。
これだけ深い傷では、応急処置ではどうにもならない。
またしても、俺は無力だ……
俺は悔しさをぶつけるように、握り締めた拳で海底を殴りつけた。
じんと虚しい痛みだけが拳に残る。それに俺はぎりりと唇を噛みしめた。
そんな俺達の姿に、スタン船長は俺達を気遣うように目を細めて、笑った。
「……ふ……こんな、最期、とは……な…………すまない……無力な、私を……許して、くれ……」
ヒュー、ヒューと、苦しそうな息の中、スタン船長はかつての船員達に謝るかのように、小さな呟きを零した。だが、その呼吸音も段々と小さくなって、そして、消えていく。
「スタン船長……スタン船長ッ!!」
俺は声を上げて彼の名を叫んだ。だが、その声は、もう届かなかった。
虚ろな瞳で虚空を見つめ、彼は逝った。先に逝った船員達の後を追うかのように。
もう、一人で生き残ってしまったその罪悪感に悩まされる事のない場所へ……彼は旅立ったのだ。
船員達の遺品を遺族の元へ返してやりたいという、その想いの半ばで逝かなければいけなかった彼の無念は、どれ程のものだったのだろう。
俺は見開いたままの彼の瞳を閉じさせると、悔しさに拳をぎゅっと握り締めて、立ち上がった。
スタン船長の死を目の当たりにして泣いているルビーの腕を引き、立ち上がらせる。
俺達は立ち止まっている訳にはいかない。
そんな俺の行動に僅かに戸惑った瞳を向けたルビーだったが、俺の目を見つめ、その涙を拭った。
「……ごめん、スタン船長……」
連れて、戻ってやる事が出来ない事がひどく悔しい。俺は小さく謝罪の言葉を呟くと、ルビーの腕を引いて走り出した。
早くルナを見つけなければ。
俺は逸る気持ちを抱え、走った……のだが。
「っ!?」
足下に何かが転がっていた。俺はそれにつまづきかけ、その影を飛び越えて、転ぶ事を回避した。
一体何が転がっているのか……嫌な予感を感じながら、その影を振り返った。
そこに転がっていたのは、第五部隊の牛族の青年だった。
その体にはいくつもの血痕があり、既に、その青年に息はなかった。
ルナと一緒に行ったはずの彼が、なんでこんな所で……
俺達はその青年の傷を確認した。
「……この傷って……まさか……」
傷を確認した俺達は、ある嫌な可能性を見出した。
幾つも、体につけられたその傷痕は、銃創。それは、魔物による怪我ではないという事。
見張りに出てから、ずっとルナは戻ってこなかった。
そして、突然現れた虫達の大群。そこから導き出される可能性は……
「――っ!!」
じりりと首の裏の産毛が逆立つような、そんな焦燥感が俺の胸を灼く。
俺は直ぐさま、ルビーの肩を掴んで一緒に地面を転がり、放たれた銃弾を避けた。
今まで俺達がいた場所に、数発の銃弾が地面に突き刺さる。俺は直ぐさま立ち上がり、銃弾が飛んできた方角に向けて、銃口を向けた。
燃える外壁を背後に、長い髪をなびかせたルナが、冷たい瞳で俺達に銃口を向けている。
やはり、彼女が……何らか噛んでいるのか。
胸に浮かぶ失望の気持ちを隠しながら、俺はルナを睨み付けた。
それに一瞬だけ、ルナの瞳が揺らいだように見えたような気がしたが、その瞳は、強い眼光を宿して、俺を睨み付けた。
冷たい、ガラスのような、黒い瞳だ。
「……ほう、お前の銃を避けられる奴がいるとはな……少し、鈍ったのではないか、ルナール」
沈黙が支配する俺達の間に、俺達のどの声とも合わない声が降り注ぐ。ルナのすぐ横の空間が歪み、ふわりとその中から、金糸の髪と瞳を持つ狸族の男が舞い降りた。
黒いビロードのような服を靡かせながら、その男は冷たい瞳で俺を見据えた。
こいつ、ゴーストブルーの中継に出ていた、首謀者の男じゃないか。
「……トコロス様……」
銃を構えたまま、隣に並んだ男を見上げ、ルナが男の名前を口にする。
やはり、あの中継の男だ。
最初に遭遇したあの青い髪の獅子族の男と同じく、嫌な雰囲気を纏うその姿に、後ずさりしそうになる自分を叱咤して、彼らを睨んだ。
ルビーもその雰囲気を察したのか、僅かに気圧されながらも、杖を構えている。
そんな俺達の姿を見据え、ふっと男は鼻で笑った。
「ルナール、良くやった。お前がこの街に張られていた結界を壊してくれたおかげで、ようやくこの街に我らの魔力が通る。これで、侵攻もやりやすくなるだろう」
「……時間がかかり、申し訳ありませんでした」
俺達など、眼中にないかのように、男はルナに労いの言葉を紡ぐ。それにルナは銃を構えたまま、小さく頭を下げた。
どうやら、ルナは何らかの指示を受けて、アクアリースに潜入していたようだ。
結界なんて聞いた事はないが、大方、アクアリースを守る巫女ジーアが何らかの結界を張っていたのだろう。
それをルナが壊した、という事か。
と、そんな彼らの側の空間が、また歪む。その中から現れたのは、赤い髪の牛族の青年。僅かに頭の足りなさそうな雰囲気のその青年は、ふわりと降り立つとあっれーと声を上げた。
「おー、何か、すっげー事になってんじゃん。俺も混ぜてよー」
何か、カワイコちゃんもいるみたいだし、なんて、軽口を叩きながら、ルビーを見て、牛男はにやりと笑った。それに僅かにルビーが怯んだのを感じ、俺はルビーを庇うように彼女の前に立った。そんな俺の様子に、ひゅぅっと茶化すように、牛男が口笛を吹いた。
「ミク。何の用だ?」
突然現れたその牛男に、狸の男は冷たい瞳を向ける。それに牛男は忘れていたのか、あっと声を上げて、狸の男に笑いかけた。
「そうそう、忘れてた。指示通り、レーヴェとアクィラがメガロカンパニー本社に襲撃をかけて、ぼっろぼろにしてやったそうっスよ。俺はその伝・言☆」
にへらっと緊張感もなく、八重歯を見せて笑う牛男。その報告に狸の男はふんと僅かに目を細めた。
「そうか。作戦は成功か。……では、私達も早い所、ここを制圧するとしようか」
「りょうかーい☆」
狸の男は俺達を見据えると、その冷たい瞳を細めた。
――まずい、来る。
俺はルビーを下がらせながら、銃口を狸の男へ向けた。
引き金を引き絞ったその瞬間、狸の男と牛男は地面を蹴りつけて、俺達に向かって走り込んできた。
俺の放った弾丸をすれすれで避けながら、狸の男が俺に迫ってくる。俺は直ぐさま次の弾丸を装填しながら、迫ってくる狸の男を睨み付けた。
「お・じょ・う・さ・んっ!遊んで下さいなぁ~♪」
牛男が軽口を叩きながら、剣を抜いてルビーに迫る。
それにしまったと思っていると、その隙をついて、狸の男が俺の目の前に迫った。
ざんっと目にも止まらない早さで放たれた居合い抜きを、すんでの所で避けて、俺は地面に手をついて、転がった。
直ぐさま起きあがり、銃口を向けて撃つが、銃弾が発射されるよりも早く、狸の男は回避行動に移っていた。
ぴったりと密着されては、銃が撃てない。
長銃タイプの銃の戦い方を心得ているその戦い方に、俺は小さく舌打ちをした。
しかし、こんな事をしている間に、ルビーさんが……
俺は焦る気持ちを抱え、ぎりっと唇を噛みしめた。
だが、その杞憂はすぐに晴らされる事になった。
「行けっ!!シャドウランスッ!!」
きんっと手に持っていた杖で牛男の剣を跳ね返したルビーが、短い詠唱で魔法を放つ。
漆黒の槍が何処からともなく現れ、牛男を強襲する。降り注ぐ漆黒の槍を避けて、牛男はルビーから距離を取った。
「ひゅぅ、やるじゃん、お嬢さん♪」
「あんまり、私を甘く見ないで下さいね。……ラフィさんも、私は大丈夫です。目の前の事に集中して下さいっ!!」
ルビーは杖を構えながら、俺に檄を飛ばしてくる。どうやら、心配されていたのは俺の方だったらしいな。
ルビーさんは俺よりも強い。心配しなくても、大丈夫だ。
自分に言い聞かせるように、心の中で呟くと、すっと心が軽くなった。
任せられる仲間がいる事は、ありがたい事だ。
俺はルビーに感謝しながら、目の前の狸の男を睨み付けた。
「メル。力を貸せ」
俺は内なる精霊に小声で呟くと、メルは直ぐさま俺の側に具現化した。
そして、そのまま俺に同調し、感覚の増強を計る。
そんな俺に向かって、ルナが離れた所から狙撃してくる。
俺は直ぐさま地面を蹴りつけって、後退しながら放たれた銃弾を避ける。俺を捕らえる事が出来なかったルナの銃弾は虚しく、海底を抉り取った。
二歩、三歩と後退した俺は、一度息を吸い込むと、一気に足に力を込めて、狸の男へと向かって地面を蹴りつけた。
相手が俺の苦手な戦い方をしてくるのならば、それ相応の戦い方をするまでだ。
銃士だからって、接近戦が出来ないと思うなよ。
俺は銃身を持つ手の感覚を普段よりも長く持ち、銃口を俺の体に近くする。
そうする事によって、狙い定めやすくするのだ。
自ら距離を縮める俺の様子に、狸の男はほうと呟きながら、僅かに目を細めた。
は、あんまりこういう戦い方をする奴は、いないってな。
特攻をかける俺に向かって、ざんっと俺の体を横一文字に切り裂こうと、男がその細い剣を真横に薙ぐ。だが、俺は怯む事なく、走るその勢いのまま地面を蹴りつけて、身を屈めて地面を転がってその剣を避ける。
そのまま、男の真横を転がると、直ぐさま片手をついて起き上がった。
男の斜め後ろをとった俺は、即座に脇に抱えた銃の照準を男に向けて、引き金を引き絞る。
ズダンッと発射の衝撃に、銃身が震える。
だが、俺の放った弾丸は男の体に命中しなかった。
狙いを定めるその僅かな一瞬に、男は地面を蹴りつけて、後退してみせたのだ。
ちりっと男の外套の裾を掠めただけで、俺の銃弾は彼方に飛んでいく。
それに俺は舌打ちをしながら、弾を装填した。
ち、あの一瞬で判断するとは、なかなかの洞察力だ。
距離が空いたその隙に俺は男に向かって、立て続けに銃弾を放つ。だが、一歩、二歩、三歩と男は後ろに飛び退って、俺の弾を避けた。
ガシャンッと弾を装填する隙に、今度はルナが俺を狙撃してくる。
それに俺は地面を蹴りつけて、ルナの銃弾をかわした。
地面をえぐり取るルナの狙撃はひどく正確で、一瞬の油断が死を招く。
やはり彼女には隠された秘密があったのだ。なんて、今更な事が頭を掠めるのを感じながら、目の前の男へと意識を集中した。
ルナの銃弾を避けている俺の隙をついて、狸の男が一気に迫ってくる。
俺は銃身を体の前で構え、振り下ろされるその剣を防いだ。
金属と金属がぶつかり合う、甲高い音が辺りに木霊する。
ぎりぎりと金属と金属が擦れ合い、耳障りな音を立てる。力任せに押し込んでくる剣に抗いながら男を睨み付ければ、その金色の瞳とかち合った。
「……白い髪に、赤い瞳……兎の耳をつけた、変な獅子……」
「え?」
ぼそりと男の口から呟かれたその言葉に、俺は僅かに眼を見開いて、男を見上げた。
金色の瞳が、ひどく冷たい色を浮かべて、俺を見据えている。
まるで、生きていないかのような、虚ろな瞳だ。
その瞳にぞっとするものを感じながら、俺は男の剣を弾き返した。
「……レーヴェが言っていた獅子族の男とは、お前の事か」
俺に剣を弾かれた男は、ざっと俺から僅かに距離を取って、剣を振るう。その光の軌跡を睨み付けながら、俺は銃口を向けた。
「……あの、青い髪の獅子の事か……お前等は、一体何者なんだ」
油断なく銃を構えながら、俺は男を睨み付ける。そんな俺の様子に、男は鼻で笑った。
「そんな事を知ってどうする。どの道、お前はここで始末する。お前は、我々の作戦の邪魔になりそうだからな」
災いの種は取り除く。そう、小さく呟くと、男は俺に向かって地面を蹴りつけた。
やはり、素直に応えてくれる訳はないか。
こいつ等が何者にしろ、今は俺達の命を脅かす、敵だ。倒さなければ、俺達が殺される。
素直に殺されてやる訳にはいかない。俺には、俺の帰りを待っていてくれる人達がいるんだ。その人達の為にも、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
俺は男を睨み付け、男の踏み込みに合わせて、地面を蹴りつけた。
一閃、二閃、振り下ろされるその剣を避けて、放たれるルナの銃弾をかわす。
ちらりとルビーの方へと視線を走らせると、彼女も悪戦苦闘しながらも、杖で剣と渡り合って牛男と対峙している。
体の周りに風の刃を纏い、牛男を牽制しているその様子に安堵を覚えながら、俺は意識を狸の男へと戻す。
目の前に迫った男に向かって、瞬時に狙いを定めて引き金を引き絞る。
何度目かの破裂音を響かせ、放たれた銃弾は、またしても何も捕らえる事はなかった。
身を捻る事でかわして見せた男は、一瞬にして俺に迫る。光を放つ剣の切っ先が軌跡を残しながら、薙がれる。
――今からでは回避は間に合わない。俺は即座に再装填を行い、男の胸元めがけて、銃口を突きつけた。
その瞬間、俺達の時間は凍り付いた。
ぴたりと俺の首元に、男の剣があたっている。ひやりとする冷たい刃物の感触に、背筋に嫌な汗が流れるのを感じる。
だが、それを相手に気取られる訳にはいかない。俺の銃口は、相手の胸元に押しつけられている。指は勿論、引き金にかかっている。
……この均衡が崩れた時、どちらかの命が消えるのだ。
冷たい光を放つ金色の瞳を睨み付けながら、俺は相手の動向を探った。
だが、その表情からは何の感情も見いだせず、ただ、冷たいものだけが渦巻いている。
俺は引き金にかかっている指に全神経を集中させ、脳裏をよぎる最悪の予想を掻き消そうと努力する。
気を抜けば、俺のこの頭は胴体と永遠にさよならする事になるだろう。
気圧されれば、負ける。
俺は精一杯の勇気を振り絞って、男を睨み続けた。
だが、この均衡を破ったのは、俺達のどちらでもなかった。
「きゃぁっ!!」
必死に牛男と対峙していたルビーの一瞬の隙をついて、牛男がルビーを捕まえた。
その細い腕をねじり上げ、牛男はルビーを拘束する。その首元に剣を押し当てて、にやりと笑った。
「手間かけさせてくれたねぇ、お嬢さん♪楽しかったけど、これでお終いさ」
「――くっ!!」
舌なめずりするように、ぺろりと上唇を舐めながら、厭らしい声で牛男がルビーに囁く。それにルビーは拘束から抜け出そうと暴れるものの、その細腕では牛男の腕力に敵わなかった。
「さぁ、銃を下ろして貰おうか。そこの坊ちゃん。このお嬢さんの可愛い頭が飛ばないうちにね♪」
「………………」
牛男は狸の男に銃口を押しつけている俺に向かって、そう要求してくる。それに俺は顔をしかめ、牛男を睨んだ。
だが、抵抗すれば、ルビーが殺される。
こいつ等は人の命なんて、これっぽっちも思ってない。俺が抵抗すれば、容赦なくルビーを殺すだろう。
俺に選択肢なんて残されていない。
「駄目ッ!!言う事なんか、聞いちゃ駄目ッ!!」
「あはは、お決まりな台詞。だけど、お嬢さんは、黙ってようね☆」
ルビーが声を上げて叫ぶが、牛男は笑いながら、それを制した。きらりと光るその剣が更に近く、ルビーの首元に押し当てられる。
もう、一刻の猶予もない。
俺はぎりりと歯を食いしばると、観念して銃口を男の胸から下ろした。
その様子に、牛男が楽しそうに笑った。
「…………殺せ……」
俺は自分の命を手放すように、俯きながら、狸の男に言った。それに狸の男は僅かに目を細め、その剣を振り上げた。
振り上げられたその剣が、水中を漂うマナの粒子に照らされて、きらりと冷たい光を放った。
「駄目ッ!!やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!」
振り下ろされるその瞬間、ルビーが声の限りに叫んだ。その声を聞きながら、俺は次に来るであろう痛みを思い、ぎゅっと目をつむった。
……ごめん、姉ちゃん……俺は……
脳裏を掠める姉の姿に心の中で謝罪を口にして、下される審判を待った。
だが、次の瞬間。
――――ズダァァァァァンッ!!!
何処からともなく銃声が響き渡り、振り下ろされた剣を弾き飛ばした。
きんっと音を立てて飛ばされた剣は、クルクルと回りながら、地面に突き刺さった。
剣を弾かれた狸の男は腕を押さえて、銃弾が飛んできた方向を睨み付ける。
俺もあまりの事に呆然として、そちらへと視線を向けた。
……一体、誰が……?
視線を向けたその先にいたのは、俺の予想を遙かに裏切る存在だった。
「……ラセット……」
少し離れた位置の建物の上から、ラセットが硝煙を立ち上らせる銃口を構えている。
ガシャンッと再装填したラセットは、今度は呆然としていた牛男へとその銃弾を浴びせた。
「うあっ!!!」
腕を掠められ、ルビーを離す牛男。ルビーは素早く牛男の腕を振り払い、側から離れた。
「何、呆けてやがるっ!!早く離れろっ!!」
ガシャンッと再び銃弾を装填しながら、ラセットが俺に向かって叫ぶ。それに俺ははっとして、銃を構えて、狸の男から距離を取った。
いきなり現れた援軍に、ルナが素早くラセットに向けて狙撃する。それにラセットは銃を抱えたまま、建物の上を移動した。
「副隊長さーーーんっ!!」
狸の男の側から離脱した俺の背に、リノの声がかかる。それに俺ははっとして、そちらへと視線を走らせる。
声を上げてこちらへと走ってくる何人かの姿に俺は眼を見開いた。リノとリラ、グラナダと、そしてミュウラーと槙宮が、俺達の元へ駆けつけてくれた。
どうして、あの二人が……と、思った俺だったが、ふと、先程のルビーとの会話を思い出して、納得した。
俺が見張りに立っていた事を、二人は知っていたのだろう。
だから、何事かあったのではないかと、第二防衛ラインに集まったのではないだろうか。
そして、この状況を知った、と。
彼らのやりそうな行動だ。
必死にこちらへと走ってくるその姿に、心から感謝の気持ちが沸き上がるのを感じた。
「ねーさまぁぁ……」
走ってくる槙宮の姿にルビーは心から安堵したのか、ぐすりと涙を浮かべた。本当に、槙宮の事を慕っているのだな。
さあ、これで形勢は一気に逆転した。
次々に現れる冒険者達の姿に、狸の男はふんっと冷たい瞳を浮かべた。
「……これでは、こちらが不利、か……一時撤退だ、ルナール、ミク」
「はい。わかりました」
ぼそりと呟くように、撤退の指示を出す狸の男。それにルナはこくりと頷き、空間の歪みを作り出した。
だが、腕を押さえた牛男は、先程までの余裕そうな表情を一変させ、ぎりりと悔しそうな激しい形相を浮かべていた。
「……やられっぱなしで、撤退なんて、まっぴらご免だっ!!てめぇらだけでも、死にやがれっ!!」
牛男は声の限りに我鳴ると、俺達に向かって走ってきた。狸の男が牛男の名を叫ぶが、牛男は止まらなかった。
一瞬にして肉体強化をしたのか、赤い光が牛男の体を包む。地面を蹴りつけた瞬間、牛男は爆発的な加速で、こちらへと走り込んでくる。
――まずいっ!!
俺は咄嗟にルビーの体を押しのけ、自分も回避行動を取ろうとした。
けれど、間に合わないっ!!
その瞬間、俺の目の前に剣を振りかざした牛男が迫る。すごい形相で剣を振り上げるその姿に、俺は今度こそ死を覚悟した――
「――っ!?」
だが、次の瞬間、俺の体は地面に転がった。
世界が一瞬にして反転するような感覚を味わいながら、俺は地面が壁のように激突した衝撃に顔をしかめた。
一体、何が……
誰かが俺を突き飛ばしたらしい事は分かるのだが、一体誰が……?
俺は状況がつかめず、顔を上げ、そして、凍り付いた。
――目の前が、真っ赤だ……
目の前に広がるその光景に、俺の思考回路は停止した。
「……っ……ゲホッ……」
ゴボリと血を吐き出して、グラナダが苦悶の声を上げる。
その背からは、赤黒く煌めく牛男の剣が生えている。その剣は、明らかにグラナダの心臓を一突きにしていた。
……どうして……グラナダさんが……?
俺は呆然とその光景を見つめ、ただ、凍り付いていた。
次の瞬間、一気に冷静になったのか、冷めた表情で牛男が無慈悲に剣を引き抜いた。
ぶわりと赤い血煙が俺の目の前に広がる。それに誰かが悲鳴を上げたのが聞こえた。
けれど、それが誰の声なのか、俺には分からない。
赤、朱、アカ…………それしか、見えない……
どさりと倒れるグラナダの体を見つめたまま、動く事が出来ない。
何で、どうして、こんな、事に?
溢れるその血を見つめながら、俺は壊れた人形のように、ただ、そこに座っていた。
「……あーあ、いきなり邪魔すんなよなぁ、おっさん。萎えちまったじゃねぇか」
牛男が倒れたグラナダを見下ろし、冷たい瞳でそう言った。けれど、俺の耳にはその声がひどく遠くに聞こえた。
俺を、庇った?……グラナダさんが?……どうして?
だって、あんた……奥さんと、娘さんが……絶対、生きて帰らなきゃならないあんたが、何で、俺を庇うんだよ?
俺は訳が分からなくなり、ただ、虚ろな瞳で目の前の光景を見つめていた。
ルビーが半狂乱になりながら、グラナダに治癒の魔法をかけている。けれど、牛男の剣はグラナダの心臓を貫いていた。
助からない……即死だ。
無慈悲に溢れ続ける血だけが、赤い霧のように辺りを満たしていく。
グラナダの命が、零れ落ちていく。周りの水に紛れて、とけていく……
彼が息絶えるその瞬間を目の当たりにしながら、俺は、またしても、何も、出来なかった……
ひどい、無力感だけが、俺の胸を満たす。
「貴様あぁぁぁっ!!」
ミュウラーが声を上げて、牛男に斬りかかる。それをひらりと避けて、牛男は笑った。
「あはははは、怒った?怒った?……これだから冒険者って奴は、面白いんだよな。他人の事でこんなに熱くなってさ。……ばっかみたい♪」
……馬鹿?何が、馬鹿だって言うんだ?
他人を気遣って、思いやって、一緒に生きていく事が、馬鹿だって?
こんな、何も出来ない、俺の為に、命を投げ出した、グラナダさんが……馬鹿だと言うのか?
牛男の言葉を聞いた瞬間、俺の中で何かが切れる音が聞こえた気がした。
―――ズダァァァァンッ!!!
「っ!!?」
硝煙が立ちのぼる。牛男の肩から赤い霧が溢れて、海水に溶け込んでいく。
おかしいな。心臓を狙ったつもりだったのに。
流石に、そう簡単にいかないか。ギリギリの所で避けてくれやがった。
でも、次は外さない。
俺は次の弾を装填して、牛男を睨んだ。
「……てめぇ、やってくれるじゃねぇか」
そんな俺の姿に、牛男がぎりりと口元を引き上げて、笑った。
俺はもう一発、今度こそ心臓に当たるように、狙いを定めて、引き金を引き絞った。
けれど、俺の放った弾丸は牛男に当たる前に空間の捻れに吸い込まれた。
「ミク、頭を冷やせ、撤退だ」
どうやら、その空間の歪みを作ったのはあの狸の男だったようだ。
背筋が寒くなるような殺気を込めて、牛男に告げるその声に、牛男は僅かに頭を冷やされたのか、狸の男を振り返った。
「……ち、分かったよ、トコロスさん…………覚えてろよ、この獅子野郎が」
ギロリと睨み付けてくる狸の男に従い、牛男は自分の傍らに空間の歪みを作り出す。
こんな状態で、逃げるというのか。
「逃げるなっ!!待てッ!!」
俺は声を上げて、牛男に狙いを定める。けれど、引き金を引くよりも一瞬早く、牛男の姿はこの空間から掻き消えた。
それに俺はぎりっと歯を食いしばり、拳を握り締めた。
一人残った狸の男は、すっと手を挙げると、何事か古代語のような言葉を呟いた。
その瞬間、狸の男の周りに、幾つも見た事もない魔法陣が浮かび出て、光を放った。
魔法陣が発動したのを見届けた狸の男は、僅かに満足げに瞳を細めると、一瞬にしてその場から掻き消えた。
そして次の瞬間、その魔法陣から、次から次へと魔物達が召喚された。
「――っ!魔物の召喚陣ですってっ!?」
光を放ち、魔物を呼び出すその魔法陣を見つめ、槙宮が驚いたような声を上げる。
次から次へ現れる魔物達は、ギラリと光るその獰猛な瞳を俺達に向けた。どうやら、獲物と認識されたらしい。
「……これは、結構まずい状況じゃない?」
俺達を取り囲む魔物達を牽制しながら、リノが僅かに引きつった様子で声を上げる。
「ああ、これは、まずいな。囲まれる前に、第二防衛ラインに戻るぞ」
ミュウラーが剣を構えながら、そう告げる。それを耳から耳へと聞き流しながら、俺は銃を背負って、倒れているグラナダを担ごうとした。
けれど、俺の体格ではグラナダは重すぎる。でも、それでも、せめて、家族の元に連れて帰ってやりたい……俺に出来る償いは、それだけなんだ……
握ったグラナダの手は、まだ温かい。こんな所に、置いてなんか、行けない。
必死に担ごうとしている俺の様子に、ミュウラーが顔をしかめながら俺の腕を掴んで、邪魔をした。
「……駄目だ。この人を、連れ帰ってやれる余裕はない。……諦めろ」
辛そうな瞳で、ミュウラーがはっきりと俺に告げる。血を吐くように、辛い言葉を吐くその姿を目の当たりにしながら……だが、俺は頭を振ってそれを拒絶した。
「嫌だ……だって、グラナダさんには……大切な家族が……この人は、帰らなきゃいけない人だったんだ……それなのに、俺の所為で……っ……」
「それでも駄目だ。他の奴を危険に晒す。諦めるんだ」
「でもっ!!」
言い争う俺達の側で、他の皆が魔物達を撃退していく。それを遠くに感じながら、俺はミュウラーを睨み付けた。
本当は分かってる。ミュウラーが言わんとしている事。皆だって、本当はグラナダを連れて帰ってやりたいと思ってる事。
でも、それをする事は非常に危険が伴うという事。
解っているんだ。解っているんだよ。でも、それでも、俺は……
「道が開きましたよ!今のうちにっ!!」
リラが声を上げて俺達に叫ぶ。それを聞いたミュウラーが俺の腕を掴み、無理矢理グラナダから引き剥がした。
「文句なら後でいくらでも聞いてやる。だから、今は大人しく従え」
「離せっ!!ミュウラーッ!!頼む、離してくれっ!!」
渾身の力で抗って、暴れても、ミュウラーの腕力には勝てない。羽交い締めのように拘束されて、グラナダからどんどんと引き離されていく。
俺は離れていくグラナダの遺体に向かって、手を伸ばしたけれど、その手は届く筈がなかった。
「離せ……離せよ…………離せぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」
俺は声の限りに叫んだ。けれど、その声はただ虚しく響くばかりで、ミュウラーは離してくれなかった。
黒い闇が立ち込めるように、俺の心に絶望が落ちてくる。
混迷の闇の中に、命が、次々と消えていく。俺の手を零れ、消えていく。
俺はなんて、ちっぽけで……無力なんだ…………
ずるずるとミュウラーに引きずられながら、俺は声を上げて喚いた。
……喚いたって、どうしようもない事、分かってる。けれど、それでも、喚かずにはいられなかった。心が悲鳴を上げて、頭がどうにかなってしまいそうだった。
どうしようもない無力感だけが、心を満たして、歯がゆさに涙が滲む。
何も出来ない自分が、誰も助けられないこの手が……ただ、悔しくて……
魔物達が咆哮している。そんな俺を嘲笑うかのように。
必死に守っていた街の中を、魔物達が容赦なく踏みつけていく。
破壊される建物の悲鳴と、それに抗う人々の声と、魔物達の高らかな咆哮。そして、喚き散らす俺の声だけが虚しく、深夜のアクアリースに響いた。
絶望の黒い闇が押し寄せてくるこのアクアリースに、まだ夜明けは来ない。









幾つもの命を呑み込んで、深くなっていくこの混迷の闇に、光は、まだ、射さない……









続く……


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comment

  1. 2009/12/05(土) 12:12:40 |
  2. URL |
  3. ヴェン
  4. [ 編集 ]
更新されてるうぅーとリアルに狂喜乱舞?右往左往?した私ですw

今回のお話は壮絶でしたっ。
戦いが始まって、その戦闘の描写もすごく臨場感があって。
ストーリー展開にも度肝を抜かれっぱなしです・・・!

そして、戦場で散ってゆく命も正面から描かれていて・・・
その一つ一つにしっかり重みがあるから、自然と目の前が滲んでくるんですよね・・・うぅ><

登場キャラが多いのに皆にドラマがあって、感心しきりです。
オリジナルやNPC達などなど、様々なジャンルのキャラを使い分けて、生き生きと描くのは並の技じゃありませんぜー!登場人物が多い話を作るのは難しいといいますからのぅ。

今後さらに激化してくであろう展開、そして残ったキャラたちの行く末にも、今からハラハラでっ。
か、完全にのめり込んでます。これはもうほんとにすごいです~。
はぁ~こんな超大作に出させて頂いてるとか、相変わらずおいし過ぎます!
いつもい~い感じに表現して頂いて、ありがとうございます><b

これからも是非素晴しい作品を書いていってください!応援してます~!

  1. 2009/12/08(火) 20:39:33 |
  2. URL |
  3. れあちー
  4. [ 編集 ]
レスですよー


>ヴェンさん
はわわ、感想ありがとうございます(゜д゜)
こ、こんなへっぽこ文章を褒めちぎられるとは……お恥ずかしい限りです(´・д・`;)
色々表現しきれてない所とか、消化不良な部分も多い作品なのに、それでも楽しんで頂けているのなら、幸いです。
これからも、一層精進致します。
続編も、な、なるべく早くUP出来るように、がんがりますです。
読んで下さって、ありがとうございますです(*´∀`*)

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