タイトル通り、不定期更新のブログです。 気が向いたとき、更新すると思います。 内容としては、オンラインゲーム「トリックスター」「ラテール」などを中心とさせて頂いております。(時々日常のことなども書くかもです)

れあちーのきまぐれにっき

.

スポンサーサイト

  1. --/--/--(--) --:--:--|
  2. スポンサー広告
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

心無き人形が奏でる狂想曲 後編

  1. 2008/10/15(水) 02:15:35|
  2. とある伯爵家
  3. | トラックバック:0
  4. | コメント:2
よ、ようやく書き上がりましたよー(ノД`)・゜・。



お待たせしまくりで、申し訳なく。




こ、今回はホントに難産でした……orz



いやー、文章死んでますわ。



まだまだ精進したりないですね、ホント。




例の如く、今回も残酷表現は多めですので、苦手な方はご注意を。



あと、これは後編ですからね、後編ですからね。



お間違えなく。




では、続きをどうぞ(`・ω・´)ノ













赤い夕日が差す丘の上、いつもの場所に、いつもの姿。
貴方はいつも、落ち込むとこの場所へ来るのですね。
「……ご主人様、こんな所にいらっしゃったのですか」
そう声をかければ、貴方はいつもの顔でくしゃりと笑う。
「また、お仕事がうまくいかれなかったのですか?」
「うーん、なかなか難しいな。他の奴らの言い分もわからなくはないんだが……まぁ、天才ってのは時として人からは理解されないものなのさ」
貴方はそう言って、また笑う。その笑顔を見る事が何よりも、私のよろこびです。
……よろこび?これが、“喜び”というものですか?
「立ってないで、隣においでよ」
そう言って、貴方は私を隣に座らせる。いつもの場所で、いつものように。
でも、今日はいつもと違う。
貴方は私の髪に触れると、三つ編みに結ばれた髪の先に何かを結びつけた。
これは……オレンジ色のリボン……
「それ、あげる。似合うよ、――」
青い髪にそのリボンはよく栄える。満足そうに笑う貴方は、本当に幸せそうに笑うのですね。
その笑顔を見ていると、何だか私の空っぽの胸にも、あたたかいものが溢れてくるようです。
この気持ちは何でしょう?この気持ちは何と呼べばいいのでしょう?
これが“幸せ”というものなのでしょうか?
貴方の笑顔を見ると、胸があたたかくなる。貴方が悲しんでいるのを見ると、胸が苦しくなる。
これは一体何でしょうか?これは何と呼べばいいのでしょうか?
貴方はいつも、色んなものを私にくれる。貴方が傍にいるだけで、私は“幸せ”です。
だから、どうか、何処へも行かないで下さいまし。
御主人様、御主人様――。








とある伯爵家の事情 ~心無き人形が奏でる狂想曲 後編~







荒い息づかいだけが、月明かりでのみ照らされた暗い室内に木霊する。漂う腐敗臭に吐き気が込み上げてくるのを感じながら、藍色の髪を持つその青年は抜けた腰でずりずりと後ずさった。
「……ひっ……く、くるな……近寄るなっ……」
怯え、上擦った声で、青年は自分に迫り来る影に言うも、その影はゆらり、ゆらりと無慈悲に歩み寄る。
「……ご主人様?何故怯えるのです?」
女性らしい可愛らしい声で、感情の籠もらない言葉が青年に降りかかる。けれど、それは青年にとって恐怖の対象でしかない。青年はずりずりとその影から逃げるように後ずさるものの、壁際まで追い込まれてしまった。
狭い室内では、これ以上の逃げ場は用意されていなかった。
「……く、来るなぁっ……化け物っ……」
青年は手当たり次第、落ちているものを投げて、その影を遠ざけようとする。だが、影の歩みは止まる事はなく、窓から差し込む月明かりの元に、その影は姿を現した。
漆黒のスカートの裾をなびかせながら、無表情なその少女は歩みを止める。そして、怯え、青ざめる青年の姿を一瞥すると、僅かに口元に笑みを浮かべた。
その顔は何処までも冷たくて、何の感情すらも見る事が出来なかった。
「……そうですか……貴方も……ご主人様ではなかったのですね……」
少女は呟くように、そう告げると、冷たい瞳で青年を見下ろした。その瞳に射すくめられた青年は、もう動く事など出来なかった。
少女の腕が、青年の頭へと延ばされる。その瞬間、まるでリンゴが潰れたかのような音を立てて、床に大量の血液が飛び散った。
青年の身体が、命の終焉を迎えるように、びくびくと痙攣する。それを冷めた眼で一瞥した彼女は、血まみれになった腕を戻し、立ち上がった。
その瞳は何処までも虚ろで、虚空を見つめる彼女は、動かなくなったそれを無視してふらりと歩き出した。
「……ご主人様……何処にいらっしゃるのですか?……私は、此処ですよ……」
少女はぼそり、ぼそりと呟きながら、ふらふらと歩き、闇の中へと消える。
後に残されたのは、動かなくなった青年の肢体のみ。月明かりの下で、いまだ乾く事ない血の海だけが広がっていた。








ごとごとと車輪が音を立てて、黒い箱状の馬車が寂れた村の中で停車した。漆黒の毛並みを持つ二頭の馬が引くその馬車は、貴族が愛用するような立派な装飾を施されており、田舎町には似つかわしくなかった。
貴族のお忍びか、場違いな雰囲気を醸し出すその馬車の様子に、村人達は目を丸くして、仰天した面持ちで見つめていた。
御者の男が御者台から降りて、乗客の為に客席の扉を開け放つ。
中からまず降りてきたのは小さな黒い影。ぴょんっと黒い外套に身を包んだ少年が飛び出し、後からメイド服に身を包んだ女性がゆっくりと降りてくる。
御者の男はそのメイドの手を取り、彼女が下車するのを手伝った。
そして、最後に出てきたのは黒いコートに身を包んだ青年だった。
頭にシルクハットをかぶり、象牙製のシンプルなステッキを持ったその出で立ちはどこからどう見ても、位の高い貴族様そのもので、こんな田舎にどんな用があるというのだと、村人達はざわついた。
馬車から下車した彼らは、そんなざわつく村の人々など見向きもせず、御者に何らかの指示を出すと村でたった一つの宿屋に向かって歩き出した。
どうやら、お忍びで旅行でもしているのだろうと、村人達は勝手な想像を膨らませる。
そんな彼らに宿屋に入ってこられた店の主人は仰天し、カウンターの中から飛び出した。
ここは、言っては悪いが、貴族が泊まるような上等な宿屋ではない。店の主人はその事を重々承知しているのか、かしこまった様子で彼らを迎えた。
「……すまないが、部屋を二部屋、用意出来ないか?」
主人の前に立ったミュウラーは、萎縮している主人に告げるが、主人は恐れ多いと慌てふためき、
「しかし、うちは見ての通り、質素な宿屋でございます。お貴族様がお泊まりになれるようなものでは……」
「かまわん。用意出来るのか?出来ないのか?」
「も、勿論。すぐご用意致します」
僅かに眼を細め、脅すように声をかけると、主人は慌てて部屋の準備に取りかかっていった。その様子を一瞥し、ミュウラーは小さく溜息をついた。
「……お貴族様も、大変だねぇ」
頭からフードをかぶったラフィオが、ちらりとミュウラーを見上げ、眼を細めてにやにやと笑う。その様子に、ミュウラーは無言のまま、その頭を小突いた。
白子であるラフィオの外見は、迫害の対象となりやすい。外界からの干渉がない田舎などでは白子と言うだけで、火あぶりにされてしまう所などもある程、世間的に彼の姿は異形として映った。その為、外出する時には必ず姿を隠さなければいけないのだ。
「……流石に悪目立ちしましたね……人目がありすぎですわ」
槙宮は宿屋の外からこちらの様子を伺っている村人達の様子を一瞥すると、ぼそりとミュウラーに告げた。その言葉にミュウラーも瞳を細め、小さく溜息をつく。
「……少し、間を空けるしかないな。人目が少なくなった頃を見計らって、レヴィアンス卿を訪ねるとしよう」
「はい」
ミュウラーもまた声を潜め、憮然とした様子で肩を竦めたのだった。








結局、昼過ぎに到着したものの、動き始める事が出来たのは日が傾き始め、もうすぐ夕刻となろうという程の時間になってからだった。
まだ夕日が差し込むには早い時間だが、もう少しすれば、日も落ち始めるだろう。
随分人通りの減った通りを歩きながら、ミュウラーは傾きだした太陽を見上げた。
「どうだ?何かおかしな気配は感じるか?」
村の中を見回しながら歩くラフィオに、ミュウラーは問いかける。それにラフィオは首を振り、
「特に変なものは感じないな。さっきいた村人達にも、魔力の反応は見られなかったし」
と、第六感を駆使しながら、応えた。
ラフィオは半魔であるが故なのか、魔族の存在を感知しやすい。それは無意識のうちに魔力を読みとっているからなのか、はたまた、別の要素で感じているのかは明らかではないが、ミュウラーと初めて出逢った時も、彼の正体を一目で見破って見せた程だ。
ミュウラーも、魔力感知は不得意ではないが、そこまでの感知力は持ち合わせてはいない。槙宮にあたっては、魔力自体を持つ事が出来ないので論外だが。
「……やはり、怪しいのはレヴィアンス卿……という事か……」
ラフィオの様子に、ミュウラーは僅かに顔をしかめ、到達したくなかった結論へと辿り着いてしまう。界の規律を守る者として、あってはならない事が起きているというのなら、それは“番犬”にとっても大問題だ。本人と会って直接確かめるまで、定かではないが、その事態を覚悟しなければいけない。ミュウラーは眉間に皺が寄るのを感じた。
やがて、村のはずれへとさしかかり、木々の間に見えている屋敷に向かって彼らは歩いた。
村からさほど離れている訳ではないので、すぐ到着出来た。
古びた門をくぐり、野放しにされている庭を通り抜けて、直接屋敷へと向かう。まるで人すら住んでいないかのような荒れ放題のその様子に、どこも似たようなもんだなーっとラフィオが笑う。
彼らの屋敷も、シーがやってくるまで、庭の手入れが行き届いてなかったように、こちらも人手不足なのかもしれない。その様子に槙宮は苦笑を禁じ得なかった。
やがて、荒れ果てている庭を通り抜け、彼らは目的の屋敷へと到達した。
扉のすぐ傍にチャイムが設置さている。それを一瞥したミュウラーは僅かに眼を細めると、そのチャイムを鳴らした。
さて、何が出てくるか、と控える二人に警戒だけはさせつつ、ミュウラーは静かに中からの対応を待った。
やがて、一つの足音が近づいてきて、重く閉ざされていた扉を開いた。
がちゃりと重々しい音を立てて、扉がゆっくりと動き出す。
中から現れたのは、青い髪をした色白のメイドだった。
まだ少女とも言える外見のメイドは、その青い瞳を突然の来訪者へと向けた。
「……突然の来訪ですまない。私はミュウラー・クレヴァンス。レヴィアンス卿と同じく、“番犬”の役職に就く者だ。こちらにレヴィアンス卿はご在宅だろうか?」
ミュウラーはメイドを見据えると、用件だけを伝える。その言葉にメイドは一度だけその青い瞳を瞬いたけれど、無表情のまま、業務的に唇を開いた。
「……遠路遙々、お越し下さいました所、申し訳ございませんが、ご主人様はただいま留守にしております。また日を改めてご来訪下さいませ」
深々と頭を下げ、メイドは主の不在を告げる。どうやら、いきなり門前払いをされてしまったようだ。その様子にラフィオはどうすると困ったような表情でミュウラーを見上げた。
「……ならば、レヴィアンス卿はどれくらいで戻ってくるか教えて貰えるか?」
ミュウラーは僅かに眼を細めると、再度メイドに問いかけるが、そのメイドはゆっくりと首を振ってみせ、
「……ご主人様は、何も言わずに出て行かれてしまいましたので、こちらでは把握しておりません。……大変申し訳ございません」
と、無表情のまま、事務的に頭を下げた。
屋敷のメイドにすら、何も言わずに何処へ行くというのだろう。ミュウラーは僅かに顔をしかめると、不愉快きわまりないと表情に表した。その様子を見ていた槙宮はすいっと前に出て、そのメイドの前に立った。
「……椛。お久し振り。私を覚えていますよね?」
「…………姉さん?」
椛と呼ばれたそのメイドは、一度瞳を瞬いて、目の前に現れた槙宮を見つめた。どうやら、このメイドこそが、槙宮やラティリアが探していた彼女の妹の自動人形、椛だったようだ。
椛もまた、槙宮の事を覚えていたのか、そのガラス玉のような瞳に、僅かに親しみが込められたような色が含まれた。
「……貴女。前回の定期メンテナンスに戻らなかったそうですね?お父様が心配していましたよ」
「……ごめんなさい、姉さん……」
「私に謝らないで。貴女も、何らかの事情があったのでしょうし。もし、よければ、話を聞かせて貰えないかしら?貴女の事と、貴女のご主人様の事を」
心配そうな表情で問いかける槙宮の言葉に、椛は僅かに俯いたが、何らか思考した後に扉から少し離れて、道を空けた。
「……では、中へどうぞ。来客予定がありませんでしたので、たいしたお持て成しが出来ませんが」
すっと中へと促しながら、椛は槙宮とその後ろにいる二人へと視線を投げた。どうやら、門前払いは避けられたようだ。ミュウラーは僅かに不機嫌そうな表情を緩め、ちらりと横にいるラフィオへと視線を向けた。
ラフィオはそんなミュウラーの視線を受けながら、眼だけでミュウラーの意図に応えた。
既に第六感を働かせ、魔力感知を始めているラフィオの様子に、ミュウラーは僅かに眼を細めながら、促されるままに屋敷の中へと足を踏み入れた。
こつこつと靴音を響かせながら、広いエントランスホールを抜けていく椛の後に続いて、ミュウラー達は屋敷の中を歩いた。
「……どうだ?」
辺りをきょろきょろと見回しているラフィオの様子に、ミュウラーは声を潜めて問いかける。それにラフィオは僅かに首を振ってみせた。
どうやら、屋敷に残っている残留思念のような魔力の所為で、オーレルがいるかいないか、それすらも判断がつかないようだ。
ミュウラーも同じく第六感を働かせ、魔力感知を行ってみたのだが、至る所に残った残留魔力により、感覚が狂ってしまう。なかなか魔力の強い男だったようだ。
それに僅かに顔をしかめ、細部まで調べてみるしかないかと、心の中で思考する。
だが、そうなると、このメイドの目をどうやって盗むか……という事になる。
すたすたと前を歩く小柄な後ろ姿を見つめながら、ミュウラーは僅かに眼を細めた。
椛の後に続き、広い通路を抜けて、応接間へと案内された。
中には座り心地の良さそうなソファーと、装飾の施された洒落たテーブルが備え付けられていた。
「こちらでお掛けになってお待ち下さい。ただいま、お茶をお持ち致します」
応接間へと案内した椛は、一度ミュウラー達に頭を下げると、お茶を煎れに部屋から出て行った。それを見送りながら、さて、どうするかと、ミュウラーは顎に手を当てた。
「……なんかこの屋敷、変な感じだ。屋敷全体に残留魔力が漂ってるみたいだ」
気持ちわりぃと、僅かに顔をしかめながら、ラフィオは自分が感じ取った屋敷の状況を報告する。それにふむと小さく呟きながら、ミュウラーは槙宮へと視線を向けた。
「椛の様子はどうだ?何か、変わった風はあるか?」
「……いえ、特にこれといった違和感はありませんね。残念ながら、あの子は心を持っていませんので、態度での判断は難しいです」
ミュウラーの視線を受けながら、槙宮は小さく首を横に振った。感情というものがあるのならば、もう少しわかりやすいのだが、彼女は“自動人形”だ。槙宮と違って心を持たない彼女では、態度や反応での判断はつきにくい。
まぁ、仕方のない事か、とミュウラーは小さく溜息をついた。
コンコンっと、扉が静かにノックされ、ゆっくりと扉が開く。紅茶の入ったティーポットとお菓子を乗せたティーカートを転がしながら、椛が戻ってきた。
「お待たせ致しました」
椛は小さく告げると、てきぱきと紅茶を入れ始めた。それにミュウラーは槙宮と顔を見合わせ、小さく肩を竦めるとソファーに腰を下ろした。
お前も座れと、今だ立っているラフィオへと視線を投げ、座る事を促す。ラフィオは羽織っていた外套を脱ぐとソファーの背にかけて、ミュウラーの向かい側に座った。
そんな彼らの前に入れたての紅茶とさくらんぼがたくさん乗った小さなシャルロットが置かれた。それにラフィオは目を輝かせ、目の前に置かれたそれを見た。
子供だけあって、甘いものが大の好物なのだ。お菓子やケーキなら何でも食べられると自信満々に言う彼は、無類の甘い物好きだ。梅丸がラフィオに強請られてケーキやお菓子を作っている姿をよく見かける。
普段、冷めた表情でわざと大人びた風を見せる事が多いだけに、こういった子供らしい面を見ると、何だか微笑ましく思える。が、今は捜査中だ。餌付けされなければいいが、と一抹の不安を覚えながら、ミュウラーは出された紅茶を一口、口に含んだ。
特に匂いや味に違和感はない。毒物ではない事を密かに確認しつつ、口に含んだそれを飲み込んだ。屋敷以外で口にするものには、いつも警戒をしている。
そんなミュウラーの様子など気にもせず、ラフィオは目の前のケーキを幸せそうに頬張っている。まぁ、ラフィオの場合、毒殺されても死ぬ事はないから心配はしていないが。
少しくらいは警戒しろと、ちらりと呆れた視線をラフィオに投げた。
「それで椛。話してくれますか?定期メンテナンスに来なかったのは何故ですか?」
紅茶で喉を潤し、人心地ついた槙宮は椛を見据え、問いかける。その言葉に椛は俯いた。
「……それは、その……」
言い淀むその様子に、ミュウラーは僅かに眼を細めた。
「あの当時はご主人様のご容態が芳しくなくて、お屋敷を離れられませんでした」
「……まぁ」
椛の言葉に槙宮は驚いた表情で、俯く椛を見た。オーレルが病気であるという話は聞いていなかったミュウラーもまた、驚いた表情で椛へと視線を送る。
「……レヴィアンス卿は、何らか持病をお持ちなのか?」
「はい。胸を患っております。私以外、このお屋敷にメイドはおりませんでしたので、お屋敷を離れる事も出来ず、お父様にはご心配をお掛けしてしまいました」
無表情なりにも、申し訳なさそうな雰囲気を漂わせながら、俯いたまま椛は事情を説明した。その様子に、ふむと小さく呟きながら、ミュウラーは手にしていた紅茶のカップをソーサーの上に置いた。
「……椛、一つ聞いてもいいか?」
「何でございましょう」
「この近辺で行方不明者が出ている事を、レヴィアンス卿はご存じか?」
いきなり核心をつくような質問を口にするミュウラーの言葉に、椛は一度だけその瞳を瞬いた。ミュウラーの金色の瞳は、その微かな変化を見逃さなかった。
「……何か、あったのでしょうか?……私もご主人様も、そのようなお話は聞いておりませんが」
無表情のまま、そう告げる椛。声も無感情のままで、感情表現などでの変化は期待出来ない。だが、それでも、何らかの変化はないかと、椛を眼鏡の奥から凝視するものの、先程の瞬き以外、特に変化は見られなかった。
「……そうか。変な質問をしてすまなかった」
「いえ……」
ミュウラーの謝罪を受け、椛は感情の籠もらない表情のまま、ただ無機質に首を振った。
さて、これからどうするか。ミュウラーは心の中で呟きながら、ちらりと槙宮へと視線を投げた。その意味を理解した槙宮は僅かに身を乗り出して、椛を見た。
「椛、貴女のご主人様の事、教えて頂けますか?どんな方なんですか?格好いい方ですか?」
きらきらと目を輝かせ、槙宮は椛を見据え、質問攻めを始めた。興味津々な様子の槙宮に押され、僅かに椛が後退した。彼女の主人と、椛の関係にひどく興味を持っている槙宮の様子に、よくやるなとミュウラーは僅かに呆れた表情になった。
乙女たる者、他人の恋愛話には敏感なのだ。それは“自動人形”である槙宮にとっても、同じ事だった。ましてや普段であれば、こういった機会などないものだから、余計に貴重である。
「どうなんですか?どうなんですか?」
「……えっと……その……姉さん?」
ずいずいと前に乗り出しながら、きらきらと目を輝かせる槙宮に押されて、椛は僅かに戸惑った様子になった。表情に変化はないけれど、若干感情の片鱗が見えているその様子に、ミュウラーは僅かに眼を細めた。
槙宮が他愛もない会話を続けているその横で、ミュウラーはケーキを頬張っていたラフィオへと視線を向けた。
その視線を受けたラフィオは、本来の目的を思い出したのか、僅かにはっとした表情になった。餌付けされる寸前だったようだ。
そんな彼の様子に、呆れたように溜息をつきたくなったミュウラーだったが、本来の任務に戻れと、視線だけでラフィオを促した。
ラフィオはその意図を読みとって、肩を竦めて溜息をついた。
さて、言い訳はどうするかなっと心の中で呟きながら、ラフィオは椅子から立ち上がると、椛のスカートを軽く引っ張った。
「なぁなぁ、椛のねーちゃん。トイレどこ?」
まぁ、これが一番妥当な理由かなと考えながら、椛を見上げる。そんなラフィオの言葉に椛は彼を見下ろした。
「……この通路を出て、右に曲がった先です」
「わかった。さんきう」
簡潔に応える椛の言葉に、ラフィオはわざとらしくならないよう気をつけながら、子供らしい笑顔を作って笑いかけると、ひらりと外に出ようとした。
「私もご一緒致します」
「えー、いいよ。ガキじゃないし。一人で平気だって」
そんな彼の様子に、足早に追いかけようとした椛だったが、ラフィオに一蹴されて立ち止まった。どうやら、客人の意思を尊重してくれるようだ。
「あの子なら大丈夫ですよ。さあ、椛。洗いざらい、話を聞かせて頂戴」
槙宮はそんな椛を更に足止めするべく、嬉々とした表情で再び問いかける。それを背後に聞きながら、ラフィオはひらりと外に滑り出した。
ぱたりと扉を閉ざし、ラフィオは僅かに息をついた。
ついてこられちゃ仕事にならないぜと顔をしかめながら、槙宮の足止め作戦に感謝した。
ラフィオは通路を歩き出しながら、第六感を研ぎ澄ませる。
先程もやったように、やはり残留魔力が所々に残っている。厄介な屋敷だと小さく舌打ちし、魔力の反応が強い方へと足を進めていく。
屋敷の中はしんと静まり返り、不気味な雰囲気が辺りに満ちている。どうやら椛以外にこの屋敷の管理者はいないようで、人が暮らしている気配すらどこか希薄だった。
最低限の警戒だけはしながら、奥へ、奥へと歩を進めていく。
窓から差し込む夕日に現在の時刻を知らされる。もうすぐ、宵闇が辺りに立ちこめるだろう。なるべく早くしなければと考えながら、ラフィオは足を速めて、奥へと向かった。
右へ左へまた右へ……魔力の反応を頼りにどんどんと通路を抜けていく。最初に案内された応接間からは随分離れた距離に来ただろう。まぁ、方向感覚が狂っていなければの話だが。
「……ここ……か」
やがて見えてきた一つの扉の前で、ラフィオは足を止める。ここから感じる魔力が一番強い反応を示している。
他の屋敷の間取りなんか知らないが、ミュウラーの屋敷の間取りで考えると、大体ここら辺が主人の私室にあたる位置だろう。この屋敷も、どこか似た作りをしているのを見る限り、随分と重要な部屋ではないだろうか。
中に人の気配はないかと、扉に耳を当てて伺ってみるも、中からは何の音も気配もしない。
ラフィオは警戒しながら、ゆっくりと扉のノブを回したが、かちゃりと音を立てて途中で止まってしまった。どうやら鍵がかかっているようだ。
めんどくせぇなと心の中で舌打ちしながら、ラフィオは隠し持っていた細い針金を取り出すと、その鍵穴に差し込んだ。
人差し指と中指の間に針金を挟み、かちゃかちゃと針金を揺らす。かりかりと音を立てていた金属と金属が、やがてかしゃんと重い音を立てて噛み合わさった。どうやら解錠が成功したようだ。
「……楽勝、楽勝♪」
ラフィオはぺろりと上唇を舐めながら、得意げに笑う。元々手先が器用だった彼には、この程度の解錠などお手の物なのだ。
針金をまたポケットの中にしまい込むと、警戒しながら扉を開けた。
きぃっと、僅かに軋みながら扉がゆっくりと内側へと開かれる。
扉を開いた瞬間から鼻を突く匂いにラフィオは嫌な予感を感じながら、覚悟を決めて中を覗き込む。そして、目の前に広がった予想通りの光景にラフィオは眼を見開き、息を飲み込んだ――








「それで、それで?」
身を乗り出し、わくわくとした表情で嬉々と聞いてくる槙宮の姿に、椛は僅かに俯きながら、ぽつりぽつりと自分と主人の話を聞かせていく。その様子を少しいたたまれない心境でミュウラーが眺めている。
乙女の会話は理解出来ない所が多い。あの小猿はうまくやっているだろうかと、意識を散らしながら、彼女たちの会話を聞き流していた。
「ふむふむ、そのオレンジのリボンはご主人様から貰ったんですね」
「はい、これを下さったご主人様は、似合うよと笑って下さいました……」
槙宮は椛の青い髪に結ばれているオレンジ色のリボンを見つめた。それに椛はそのリボンに触れ、僅かに眼を細めた。表情に変化はなくとも、どこか穏やかな雰囲気を漂わせるその様子に、本当にそのリボンを大切にしているんだなと伝わってくる。
主人であるオーレルを誰よりも大切に思っている。それは、きっと最初に主人を守るようにと作られたプログラムだけの思いではないだろう。話を聞けば聞く程、彼女は自分と何ら変わりがない。主人を愛し、主人を守る事に誇りを持つ。彼女は心を持ち始めているのではないだろうかと、槙宮は直感的にそう感じた。
リボンを見つめる椛の様子を眺めながら、もしも、彼女と戦う事になった場合、自分は戦えるのだろうかとふと疑問に思った。
出来れば何事もなければいいと望んでしまう自分に、心の中で自嘲した。
と、そんな二人を見守るミュウラーの様子に気がついたのか、椛の瞳がほとんど手つかずの紅茶へと注がれる。放置されたその紅茶からは既に湯気は出ておらず、椛は僅かに眼を細めた。
「……紅茶、冷めてしまいましたね。ただいま、入れ直して参ります」
すっと椅子から立ち上がり、紅茶を下げ始める椛。それに内心で慌てながら、槙宮は椛を見上げた。
「紅茶なんていいから、もっとお話を聞かせて」
「……いえ、そう言う訳にはいきません。すぐ戻ってきますので、少々をお待ち下さいまし」
引き留める槙宮を一蹴して、手早くカップを下げると、椛は部屋から出て行った。それに困った表情を浮かべて、槙宮はミュウラーを見た。
出て行った椛を見送っていたミュウラーもまた、仕方ないと首を振り、潮時だと撤退を決意する。
すっと目を閉じて、感覚をラフィオへと飛ばす。使い魔であるラフィオとは感覚をつなぎ合わせる事が出来る。視力や聴力などをつなげる事によって、その場にはいなくとも、状況を把握する事が出来る。故にミュウラーが動けない場合の捜査では、ラフィオが動くのだ。
ミュウラーはラフィオの位置を掴み、声を出さずに彼へと語りかける。感覚をつなぎ合わせた時だけ、脳へと直接言葉を送る事が出来るのだ。最も、離れすぎていた場合は難しいが、これくらいの距離ならば問題はない。
ミュウラーは意識を集中して、ラフィオへと言葉を投げた。









「……こりゃ、また。派手にやったなぁ……」
ラフィオは鼻につく腐敗臭を感じながら、胸が悪くなりそうな光景に僅かに顔をしかめた。
二部屋分はあろうかという広い部屋の中で、人間らしき死体が何体も転がっている。ざっと見た限り、十は超えているだろう。
腐敗が進み、ぼろぼろなものもあれば、完全に白骨化しているものもある。中には腐敗が始まったばかりの死体もある。頭が潰されていて顔では判断出来ないが、多分あれが最近いなくなった行方不明者だろう。
「……どうやら、事件の犯人はこの屋敷の住人でビンゴだったようだな」
ラフィオは小さく呟きながら、どうしたものかと肩を竦めた。
ふと部屋の奥へと視線を投げると、もう一つ部屋がある事に気がついた。
今まで自分が追ってきた魔力の源も、どうやらそっちにあるようで、僅かに魔力の反応を示している。
足下に転がる死体を踏まないよう注意しながら、ラフィオは慎重にその部屋へと向かう。
がちゃりと扉を開き、中を確認すると、どうやら寝室のようだった。
窓には厚手のカーテンが引かれていて、ほとんど光は届かない。ベッドの横に置かれていたスタンド式の小さな燭台に火を灯し、視界を確保する。
天外付きの大きなベッドが一つと、その横に小さなテーブルが置かれていた。
そのテーブルの上には、既に冷めてしまっている手つかずの料理が置かれている。
ラフィオは嫌な予感を感じながら、その天外を開けて中を確認した。
「…………………」
それを見下ろしたラフィオは言葉を詰まらせ、沈黙した。
ベッドの中にいたのは人間の干物のような男のミイラだった。真新しいシーツと、綺麗な寝間着。そして、冷めた料理。毎日取り替えられているその形跡に、椛が今もこのミイラの世話をしている事を物語っていた。
残留魔力の源はこのミイラからだ。どうやらこのミイラが、自分たちが探していたオーレル・レヴィアンスその人のようだ。
その事実に顔をしかめ、ラフィオはどうしたものかと、頭を掻いた。
『……ラフィオ、聞こえるか、ラフィオ』
と、その瞬間、脳に直接響くミュウラーの声に、ラフィオは頭を押さえた。感覚の同調までは行われてないようで、声だけが頭に直接響く。
「聞こえてるよ、伯爵」
『……なら、今すぐ戻れ。椛が部屋の外に出てしまった。一旦撤退するぞ』
「……それがそうも言ってられないみたいだぜ、伯爵」
『何?』
ラフィオの言葉に、ミュウラーの声が訝しむような色を帯びる。それにラフィオはベッドから離れ、行方不明者達の遺体の方へと視線を投げる。
一度目を閉じて視覚をミュウラーへと飛ばす。感覚をつなぎ合わせながら、ラフィオはミュウラーへと自分が見ている光景を送る。それにミュウラーが僅かに息をのんだ様子が伝わってきた。
「……ビンゴだぜ、伯爵サマ。極めつけにお探しのレヴィアンス卿だけどな……」
ラフィオは言いながら、視界を再びベッドの方へと向ける。オーレルの状況も伝えなければいけない。ラフィオは奥の部屋へと戻り、ベッドの天外に手をかけようとした。
その瞬間、ばたんと扉が開き、何者かが飛び込んできた。
「ご主人様に触るなぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」
「――っ!?」
女の怒声が響き、ラフィオは瞬間的に身をひねって、その場から飛び退いた。光の軌跡が走り抜け、天外が切り裂かれて床に落ちた。
ラフィオは数歩離れた位置に着地すると、突然現れたその影を見据え、小さく舌打ちする。どうやら、気づかれたようだ。
青い髪のメイドが包丁を手に持ったまま、ゆらりとラフィオを睨み付ける。椛だ。
無表情のまま、だが、その瞳には明らかに怒りの感情が籠もっている。
心を持たないはずの人形が、怒りを示している。その事実に、ラフィオは舌打ちをした。
「……悪いな、伯爵。撤退は無理みたいだぜっ」
ラフィオは一方的に言葉を送りつけると感覚の同調を切り離した。感覚の同調にはそれなりに集中力がいる。同調を続けたまま戦える程、甘い相手ではない。“自動人形”の戦闘能力は槙宮で十分心得ている。
人間や魔族と違って、彼女たちは痛みや疲れを知らない。主人を守る為なら、何でもする彼女たちは、とてつもなく強敵だ。
椛を見据えたまま、魔力を高め上げ、亜空間から銃を召喚する。
「……来いよ、木偶人形……ぶっ壊してやる」
銀色に輝く二丁の銃口を椛へと向け、ラフィオは椛を挑発するように口の端を引き上げて笑う。そんなラフィオの様子を、椛は無表情のまま見据えていたが、やがて口元に僅かに笑みを浮かべ、冷たい微笑を浮かべた。
その表情に言いしれぬ不安を感じたラフィオだったが、次の瞬間、その笑みの意味を悟った。
「……っ…………なんだ、これ……」
ぐらりと世界が歪む感覚を味わい、ラフィオはその場に膝をついた。手から滑り落ちた銃が床に落ちて、がしゃりと金属特有の音を響かせた。
頭がぐらぐらして、立っていられない。ひどい睡魔を感じながら、目の前の椛を睨み付けた。
「……っ、何をした……?」
ラフィオは崩れかける意識を必死に留めながら、椛に問いかける。それに椛は冷たい表情のままくすりと笑った。
「ちょっと、致死量の睡眠薬をあの紅茶とケーキに仕込んだだけですよ。貴方しか、食べてくれなかったのは誤算でしたが、まぁいいでしょう」
どうせ、この屋敷からは出られませんから、と続けながら、椛は冷たく笑う。
どうやら、最初から自分たちを始末するつもりだったようだ。
なんて情けない様だと、自分を叱咤しながら、ラフィオは落とした銃を握り締めた。
けれど、意識とは反して身体は床に崩れ落ちる。流石に致死量もの睡眠薬を飲まされては、体の機能が麻痺してしまう。
「……ちく……しょ……」
小さく呻くように悪態をつきながら、ラフィオは意識を闇の中に手放した。
その様子を見つめながら、椛は冷たく笑った。










「おい、ラフィオ、ラフィオ……あの小猿めっ」
同調が突然途切れ、ミュウラーは顔をしかめる。それに槙宮が不安そうな表情を浮かべている。
「楓、すぐ小猿を追いかけるぞ。椛と戦闘になったようだ」
「っ!?」
ミュウラーの言葉に槙宮は息を飲み込み、一度だけ信じられないという表情を浮かべたが、覚悟していた事だと、表情を引き締め、こくりと頷いた。
二人は部屋を飛び出すと、屋敷の中を走り抜けた。
ミュウラーはラフィオの魔力を感じ取り、位置を特定する。
どうやら、ここから随分と奥に行った所のようだと、大体の位置を把握し、足早に屋敷の中を抜けていく。
窓の外はすっかり日が落ちている。薄暗い廊下には転々と火が灯された燭台が備え付けられている。日が落ちると点く仕組みになっていたようだ。
どうやら、残留魔力の正体はこの燭台のようだ。
今更そんなどうでも良い事に気がつきながら、ミュウラー達はラフィオの元へと急いだ。
開け放たれた扉を抜け、先程ラフィオが送りつけてきた無惨な死体達が転がる部屋へと足を踏み入れた。そのあまりの光景に槙宮が息を飲み込み、口元を押さえた。
「ラフィオっ!!」
ミュウラーは部屋を見回し、力無く床に倒れ込んでいるラフィオの姿を見つけた。今まさに手に持っていた包丁をラフィオへと振り下ろそうとしていた椛は、突如現れた二人の姿に冷たい微笑を浮かべた。
「あら、お早いご到着で。でも、この子はもうお終いですっ」
「椛、やめなさいっ!!」
槙宮の制止も聞かず、椛は冷たい微笑を消すと、その手に持っていた包丁をラフィオへと振り下ろした。
その瞬間、ラフィオが眼を見開き、間一髪の所で横に転がってその包丁を避けた。
「何っ!?」
どんっと包丁を床に突き立てながら、椛は驚いた様子でラフィオを見た。先程まで間違いなく昏倒していた彼が動けるはずは……。
ラフィオはぐらりとする頭を抱えたまま、ゆっくりと起きあがった。
「全く、世話が焼ける小猿だ」
「……さんきう、伯爵サマ。間一髪だったぜ……」
ふらふらしながらも立ち上がったラフィオの様子に、椛はミュウラーが何かした事を悟った。
どうやら強制的に魔力を送り込み、無理矢理ラフィオを覚醒させたようだ。だが、薬自体の効果がなくなった訳ではないので、いまだふらふらしている。
その様子にミュウラーは目を細め、どうやら先程の紅茶かケーキに何か入れられていたのだろうと感づいた。だからあれだけ、何度も屋敷以外での食事には気をつけろと言っているのに、と今更な事を考えながら、あとで教育し直しだなと小さく溜息をついた。
「……伯爵、この人形が今回の犯人だぜ。レヴィアンス卿は……そのベッドの中だ」
銃を構えて椛を牽制しながら、ラフィオはミュウラーに告げる。それにミュウラーは視線を動かし、切り裂かれた天外の中を見た。
「……レヴィアンス卿は、死んでいたのか……」
ベッドの中のミイラを見たミュウラーは僅かに眼を見開き、あまりの事実に信じられないと小さく呟いた。無惨な主人の姿を見せたくないのか、椛がミイラの姿を隠すようにベッドの前に立ちふさがった。
「ご主人様は死んでいないっ!!死んでいないのですっ!!」
今までの無表情の顔が嘘のように、悲痛な表情を浮かべて頭を振って、椛が絶叫する。その姿に、槙宮はずきりと胸が痛むのを感じた。
「ご主人様は、今留守にしているのですっ!!いつか、お帰りになるのですっ!!私は、ここでご主人様がお帰りになるその日まで、お屋敷をお守りするのですっ!!」
椛は声の限りに絶叫すると、怒りの込められた瞳でミュウラー達を睨み付けた。
悲痛なまでに木霊する椛のその言葉の意味を理解し、ミュウラーは僅かに目を細めて椛を見据えた。
「……なるほど、それが、この事件の動機という訳か」
「――っ!?」
ミュウラーの全てを見透かすような瞳に見据えられ、椛は息を飲み込み、僅かに怯えたように瞳を揺らした。金色の瞳が全ての真実を見据えるように、真っ直ぐと椛を貫いた。
「……お前は、主人に似た男達を村から攫ってきては、主の代わりにしようとしたのだな。だが、彼らはお前を受け入れなかった。だから、殺した……違うか?」
断言するミュウラーの言葉に、椛は図星を指されたのか、怯えた瞳で頭を振った。聞きたくないというように耳を塞ぎながら、頭を振って否定しようとする彼女の様子を、ミュウラーは容赦なく見据えた。
「ご、ご主人様は、死んでいないのです、死んでいないのです……」
「いや、お前は理解しているはずだ。そこに横たわっているのが、お前の本当の主だと!でなければ、何故今も、そのミイラを守っているのだ!」
壊れたように同じ事を繰り返す椛に、残酷な現実を突きつけるようにミュウラーはその言葉を解き放つ。それに椛は悲痛な表情を浮かべて、悲鳴を上げた。
ミュウラーの一言一言が、まるでナイフのように椛の心を引き裂いていく。主人を失った事で壊れてしまった彼女の心は、主の死を受け入れられず、ありもしない幻想に縋った。そして招いたのは、この惨状。到底許せるものではない。
死んだ者が戻ってくる事などありはしない。だからこそ、尊いのだ。
ミュウラーは耳を押さえ、悲痛な表情で震えている椛を睨み付け、彼女に罪を突きつけた。
「ご、ご主人様は、戻ってくると……いつも必ず、私の元へ戻ってくると、仰っていた……仰っていたのです……だから、私は……私は…………」
うわごとのように小さな声で呟きながら、ふらふらと椛がその場にへたり込む。焦点の合わない怯えた瞳で床を見つめながら、ブツブツと何事かを呟いているその姿に、槙宮は心を締め付けられ、罪を突きつけるミュウラーの腕を引いた。それにミュウラーは槙宮へと視線を移すと、槙宮の悲しげな瞳とかち合った。
槙宮は悲しげな表情で、もうやめて欲しいと首を振った。
椛はずっと苦しみ続けてきた。主を守れなかったその苦悩を、その哀しみを、その憤りを。全て背負って、今まで生きてきたのだ。
勿論、やった事は許される事ではない。だが、同じ“自動人形”として、主を失うという事がどういう事であるか、痛い程に理解出来る。自分も、もしミュウラーを失えば、どうなるかわからない。その苦悩を理解する事が出来てしまう槙宮は、椛を責める事が出来なかった。
その気持ちを察したのか、ミュウラーは口をつぐんで、槙宮に任せる事を決めた。
そんなミュウラーに感謝しながら、槙宮は震える椛へと歩み寄り、その唇を開いた。
「……椛、こんな事はやめて、お父様の所へ戻りましょう。貴女は悪い夢を見ていたのです」
「……ね、姉さん……」
優しく語りかける槙宮の言葉に、椛はゆっくりと顔を上げる。それに槙宮は優しく微笑むと座り込んでいる椛へとその手を差し伸べた。
「……お父様ならきっと、貴女を救って下さるわ。だから、さあ、この手を取って。帰りましょう、椛」
槙宮は手を差し伸べながら、優しく語りかける。ラティリアならば、椛を救う事が出来る。それが一番の解決策だと信じながら、手を差し伸べる槙宮は椛が手を取ってくれる事を一心に祈った。
差し出されたその手と槙宮の顔を交互に見つめていた椛だったが、その手を握り返す事はなかった。
ぱしんっと音を立てて槙宮の手が椛の手によって振り払われる。それに槙宮は驚き、椛を見下ろした。
「……お父様の所へ戻るという事は、私の記録を消し去って、新たなご主人様の下へ送られるという事……そんな事、私は望んでいないっ!!ご主人様はオーレル様、ただ一人なのですっ!!オーレル様でなければいけないのですっ!!嫌です、嫌ですっ!!私から、オーレル様を奪わないでえぇぇぇぇぇぇっ!!」
悲痛な表情でぶんぶんと頭を振って、椛が声の限りに絶叫する。その悲痛な声は部屋の中で嫌という程反響し、響き渡った。ラティリアの元へ戻る事がどういう事か、その意味を理解していた椛は殺意の込めた瞳を槙宮へと向けると、掴みかかるように槙宮へと手を伸ばした。それに身の危険を感じ、槙宮は素早く足を引いて後退した。
延ばされた椛の手は、虚空だけを掴んだ。それにぎりりと歯を食いしばりながら、椛はゆらりと立ち上がる。どうやら、彼女の逆鱗に触れてしまったらしい。
槙宮は戸惑った瞳で椛を見つめた。
「私からご主人様を奪う者は許さないっ!!ご主人様に害なす者は許さないっ!!例え、姉さんでもっ!!!」
「椛、落ち着きなさいっ!椛っ!!」
平静を失った椛は声を荒げ、槙宮へと襲い掛かる。床に突き立てられていた包丁を目にも止まらぬ早さで引き抜くと、その白刃を閃かせ、槙宮へと斬りかかる。
それに槙宮は身構えながら、振り下ろされる凶刃をすんでの所でかわす。同じ性能、同じ身体能力を有する二人だが、迷いを抱えた今の槙宮が狂気に狂う椛に敵うはずもなく。
避けるだけで精一杯な槙宮に、反撃の余地はなかった。
いつの間にか壁際へと追いつめられていた槙宮は、背中に当たる壁にぎくりとして、身構えた。この状態では、次の一撃を避けられない。椛はそんな槙宮に容赦なくその凶刃を振り下ろした。
「――っ!?」
閃く白刃に息を飲み込み、槙宮は咄嗟に身を震わせた。だが次の瞬間、二人の真横から銃声が鳴り響き、白色の光が椛の身体に直撃した。
真横からの突然の攻撃に椛の身体が吹き飛ばされ、ぐらりと大きくよろけた。そんな彼女に更に追い打ちをかけるように、両手に持った銃の引き金を引き絞り、ラフィオは立て続けに銃を撃った。
実弾ではなく魔力を圧縮して放つこの銃の威力は魔力の調整によって決まる。睡魔に苛まれる今のラフィオの集中力では、椛の強靱な身体は貫く程の威力は出せないのか、直撃を受けている椛は多少よろける程度のダメージしか受けていないようだった。
だが、立て続けに撃たれては流石の椛も一溜まりがないようで、よろりと後退する。その隙に槙宮を庇うようにラフィオが彼女の元へ駆け寄った。
「まっきー、下がってろっ!」
銃を撃ち続けながら、槙宮に言い放つラフィオ。その言葉に、槙宮は戸惑った瞳を揺らし、ラフィオを見た。
こうなってしまった以上、もう戦って止めるしかない。それを理解していながらも、割り切れない自分の不甲斐なさに槙宮はぎりっと唇を噛みしめた。
がんがんと撃ち続け、弾幕を張るラフィオだったが、意識を集中する程に睡魔が邪魔をする。ぐらりと世界が揺れるのを感じながら、椛と対峙していたラフィオだったが、弾幕が甘くなったその一瞬の隙をついて、椛が目にも止まらぬ早さで特攻してくる。
「っ!?」
銃弾の雨をかいくぐりながら、椛が真っ直ぐとラフィオへと突っ込んでくる。普段の彼であれば、“自動人形”の性能に負けない程の敏捷さを有しているのだが、睡魔により身体能力を著しく損なっている今のラフィオでは避ける事が出来ない。
椛はラフィオの目の前に迫ると、ぶんっとその凶悪な腕を容赦なく薙ぎ払った。
咄嗟に腕を前に構えて防御したものの、その衝撃は相当なもので、小柄なラフィオが耐えられるはずもなかった。
「うあっ!!」
軽々と吹き飛ばされ、がんっと壁に叩き付けられる。身体に走り抜けたあまりの衝撃と痛みに顔をしかめ、ラフィオはずるずると床に座り込んだ。
そんなラフィオを逃す事なく、追い打ちをかけるように椛が白刃を振りかざして、猛追する。凄まじい速度で迫ってくるその影を睨み付けながら、痛みに震える腕を持ち上げ、銃を構えたものの、椛のスピードの方が早すぎた。銃を撃つ間も与えられず、振り下ろされた白刃の閃きを視界の端に感じながら、次に来るであろう痛みを予想してラフィオは身をすくませた。
だがその刹那、甲高い音が辺りに響き渡り、ラフィオが驚いて顔を上げる。いつの間にか目の前に黒い影が舞い降りていた。
手に持っていたステッキで椛の白刃を受け止めたミュウラーは、ぶんっとステッキを薙ぎ払う。それに体勢を崩され、椛がさっと身を引いて、目の前のミュウラーを睨み付けた。
油断なく椛を牽制しながら、ミュウラーはその金色の瞳をラフィオへと向け、僅かに鼻で笑った。
「随分情けない様だな、小猿」
「……っ……うるせー……俺だって、好きでふらふらしてるわけじゃねーっつの……」
「大方、一服盛られたんだろう。全く、警戒心が欠けてる証拠だな」
「……くっそ……体さえちゃんと動けば、あんな奴……」
ミュウラーの嘲笑を受け、ラフィオはぎりっと悔しそうに歯ぎしりをする。その様子に僅かに目を細めながら、金色の瞳を今度は槙宮へと向ける。
「お前もだ、槙宮。お前は、こうなる事を承知で私と共に来たのだろう。地獄の果てまでも共をすると言ったお前の信念はこの程度か!」
「っ!?」
真っ直ぐと心を射抜くかのような鋭い瞳を受けて、槙宮は息を飲み込んだ。
ミュウラーの言う通りだ。自分は、こうなるであろう事を予想していたはずだ。それなのに、いざその時に躊躇って何も出来ないなんて、情けないにも程がある。
自分は何の為にここにいる?
主人を守る為に此処にいるのだろう。
時として主人の盾となり、そして剣となる。これこそが、自分に与えられた最大にして最高の存在理由のはずだ。
椛は主人を守る事が出来なかった。自分の存在理由を失い、暴走している。
自分の誇りすらも失った彼女を哀れだと思う。けれど、それだけではいけない。
同じ“自動人形”として、彼女の存在を許してはいけない。同胞の不始末は、自らの手で拭わねばならない。それがまして、同じ創造主の元で作られた姉妹ならば尚更の事だ。
椛とは、自ら戦わなければいけないんだと、ようやく気がついた槙宮はその揺らいでいた青い瞳を真っ直ぐにミュウラーへと向けた。向けられたその瞳にはもう迷いの影は微塵も感じられなかった。その瞳を受けたミュウラーは僅かに目を細め、頷いて見せた。
迷いをはらしてくれたミュウラーに、槙宮は微笑み返しながら、その瞳をゆらりと立ち尽くしている椛へと向ける。椛は白刃を握り締めながら、冷たい瞳で槙宮を睨み付けた。
槙宮はそんな椛を見据えながら、左手の薬指につけている指輪に念を送る。彼女の瞳と同じ色合いの青い宝石がきらりと光りを放ち、中にしまい込まれていた箒が一瞬にして取り出された。
赤いリボンの巻かれた可愛らしいその箒を手に取った槙宮は椛を見据え、戦闘態勢に入った。それを冷たい瞳で見つめていた椛だったが、槙宮を完全に敵と判断したのか、その白刃を握り締めると、床を蹴りつけて槙宮に向かって跳躍する。
きんっと金属特有の音を響かせて、振り下ろされた白刃を箒で受け止めながら、槙宮は椛を弾き返すように箒を薙いだ。それに僅かにバランスを崩されながらも、後退した椛だったが、再び床を蹴りつけると、槙宮に斬りかかっていった。
戦い始めた二人のその様子に、床に座り込んでいたラフィオが慌てた様子で無理矢理立ち上がろうと悪戦苦闘する。しかし、睡眠薬の効果に子供の体力で抗える訳もなく。今ですら、ミュウラーから送られてくる魔力によって無理矢理動く事が出来る程度だというのに、そんな状態で何をしようと言うのか。そんな彼の姿にミュウラーは僅かに目を細めた。
「……戦えないのなら、じっとしていろ」
「っ……でも、こんなの駄目だっ!!……二人は姉妹なんだろっ!!それなのに、戦わせるなんて……何考えてんだよっ!!」
キッとその赤い瞳を吊り上げて、ミュウラーへと抗議するラフィオ。姉妹同士でこんな戦いを繰り広げる事は間違っていると、槙宮をけしかけたミュウラーへと怒りを露わにしている。否、槙宮が戦わなければいけない状況を作り出してしまった自分自身に対しても、彼は憤りを感じているのかもしれない。
壁に縋りながら何とか立ち上がったラフィオは、ミュウラーを睨み付け、自分が戦える事を誇示する。
「俺が戦うっ!!まっきーが、戦う必要なんてないんだっ!……だから……っ」
槙宮を下げろ。そう言おうとしたラフィオだったが、急にミュウラーから送られてくる魔力がなくなり、ぐらりと世界が歪む感覚を味わった。
「……っ……伯爵……あんた……」
強制的に睡魔を遠ざけていた魔力がなくなった事で、急激に睡魔が襲い掛かってきた。それに抗いながらミュウラーを睨み付けた。
「……安心しろ、槙宮はそれ程弱い存在ではない。だから、お前はゆっくり寝ていろ。そんなふらふらな状態で戦われても、足手まといだ」
睨み付けてくるラフィオを見据えながら、ミュウラーはぴしゃりと言い放つ。その言葉にぎりっと悔しげに歯を食いしばりながら、ラフィオは身体を支えられなくなり、倒れかかる。
ぐらりと揺らいだその身体を、ミュウラーが受け止める。それに僅かに驚きながらも、後で覚えてろよと、小さな声で恨み言を呟きながら、ラフィオは意識を暗闇の中に手放した。
完全に意識を失ったラフィオの身体を壁際に寝かせながら、ミュウラーは僅かに目を細めた。
この少年は優しすぎるのだ。背負わなくていいものまで、背負おうとする。
起きている時は憎まれ口ばかりを叩く子憎たらしい子供だが、寝ていれば大人しいものだなと、僅かに苦笑を浮かべながら、くしゃりと一度だけその頭を撫でた。
ミュウラーは眠るラフィオから戦っている槙宮へとその金色の瞳を戻し、彼女の信念を見届けるかのように、その戦いを静かに見つめた。
「はぁっ!!」
気合いを入れるかのように声を上げながら、箒を椛に向けて振り下ろす。ぶんっと空気を切る音を辺りに響かせながらも、その箒は椛を捕らえる事はなかった。
ひらりとその箒を避けた椛は床を蹴りつけると、低い体勢からその凶刃を突き出した。槙宮は咄嗟に片足を引く事で身体を捻り、直撃を避けたものの、僅かにその切っ先が掠ったのか、はらりと左の二の腕の袖が切り裂かれた。
それに僅かに顔をしかめながら、再び箒を構えて椛を睨み付けた。
「椛、もうお止めなさい!こんな事をして何になるというのですかっ!」
「あアぁァぁぁぁァぁぁぁぁぁぁぁぁァッ!!」
椛を制止するように、再度呼びかけてはみたものの、やはりもう言葉が通じる相手ではなかった。椛は奇声のような叫び声を上げながら、ただ目の前の敵を排除するのみ。
斬りかかってきた椛の凶刃を箒でいなしながら、自分の言葉の無力さを痛感させられる。だが同時に覚悟を決める。
彼女を破壊してでも止めるという、その覚悟を。
狙うは一点のみ。同じ“自動人形”として、身体の構造は知り尽くしている。
自分たちが活動しているのは、心臓の代わりに埋め込まれた胸の大きな歯車のおかげだ。それさえ活動を停止してしまえば、“自動人形”はただの人形と成り果てる。
だが、それを狙うには彼女の動きは早すぎる。それをどう止めるかにかかっている。
相手も自分と同じ考えなのか、彼女の狙いも自分の歯車一点に集中している。
どちらが先に相手の歯車を壊すか、その勝負はもう始まっている。
「あぁっ!!」
椛が短い奇声を発しながら、身体全体を使って、体当たりするかのような勢いで強烈な突きを繰り出してくる。狙いは槙宮の胸元だ。凄まじいスピードで突っ込んでくる椛を見据え、槙宮は箒の柄を握り締めた。
最大の攻撃は、時として最大の隙となる。
槙宮は身体を捻り、最小限の動きでその突きをかわす。最大まで加速して放ったその突きを避けられた事で、椛の身体が僅かにバランスを崩した。身体を捻った反動を殺さず、くるりとそのまま回る力を利用して椛の背後を奪うと、構えていた箒を最大の力を込めて一気に薙いだ。
最大の攻撃を避けられた事で隙が生じた椛に避ける術はない。
ぶんっと音を立てて振るわれた箒の一撃をまともに喰らい、椛は壁際へと弾き飛ばされた。
彼女の身体はあまりの衝撃に抗う事も出来ず、容赦なく壁に激突した。その衝撃は相当なもので、彼女が激突したその壁は悲鳴を上げて、壁全体にヒビを走らせた。
弾き飛ばされた瞬間に椛の腕がベッドの横に置かれていたスタンド式の燭台を引き倒して、甲高い音を上げた。だが、その音はひどく微かなもので、戦いに集中している二人には届かない。
倒れた燭台の火が、落ちている天外の切れ端に燃え移ろうとしている事に、誰も気がつかなかった。
強烈な一撃を食らった椛であったが、痛みを感じる事のない彼女たちの戦いはこんなものでは終わらない。壁に叩き付けられた事で僅かに動きは鈍ったけれど、ゆらりと立ち上がった彼女は再び槙宮へと突進するように床を蹴りつけた。
だが、先程のダメージは相当なものなのか、最初の頃程の敏捷性はなかった。
槙宮は突っ込んでくる椛に狙いを定めると、自分も床を蹴りつけ、その腕を構えた。
狙うのは彼女の歯車、ただその一点のみ。
意識をそれだけに集中させ、槙宮は凄まじい勢いで手刀を彼女の胸めがけて突き出した。
そのあまりの速さと自分自身のスピードの所為で、椛は避ける事が出来なかった。
僅かに体を反らす事で直撃を避けようとしたけれど、槙宮はそれを許さなかった。
ずぶりと音を立てて、槙宮の強烈な手刀が椛の胸を突き刺した。その手刀はあまりにも鋭く、椛の細い身体をいとも簡単に貫通した。
胸の歯車を貫かれたのか、椛の身体ががくんっと力を失う。
それに僅かに目を細めながら、槙宮は容赦なくその腕を引き抜いた。
その衝撃に僅かに身体を震わせながら、椛がゆるゆると床にへたり込んだ。
「……っ……ごしゅ……じ…ん……さ…ま……」
へたり込んだ椛は虚ろになり始めた瞳を揺らし、掠れた声で愛しい主を呼んだ。
僅かに軌道がずれていたのか、半分に欠けた椛の歯車がきしきしと音を立てている。だが、その動きはひどくぎこちないものとなっていて、やがて停止するだろう。
きしきしと身体を軋ませながら、主人の眠るベッドへと向き直った彼女は、その虚ろな瞳を見開いた。
倒れた燭台から燃え移った火が、天外へと燃え移り始めていたのだ。
「ご、ご主人様っ!ご主人様っ!!」
もうまともに動く事も出来ない椛であったが、主人を守りたい一心か、無理矢理に体を動かし、這いずりながらも主人のベッドへと駆けつけた。
火を振り払うように、動きの鈍ったその手を闇雲に振るうけれど、火の回りがあまりにも早すぎる。あっという間に燃え広がるその火の朱は、暗い室内を赤々と染め上げた。
「も、椛っ!!離れなさいっ!!」
このままでは椛まで燃えてしまう。槙宮は慌てて椛を引き離そうと彼女の元へ駆け寄ろうとしたけれど、それはミュウラーによって制された。
「……残念だが、もう手遅れだ。火の回りが早すぎる」
僅かに苦渋に顔をしかめながら、苦々しくミュウラーが呟いた。その言葉に槙宮は唇を噛みしめ、俯いた。
火は既に絨毯や天上、壁にまで燃え移っている。このままでは屋敷全体が炎上するだろう。
「逃げるぞ、楓。ついて来い」
「……っ……はい……」
倒れていたラフィオを小脇に抱え上げると、ミュウラーは槙宮に言い放つ。それに槙宮は一度躊躇うように、主人のベッドにすがりついている椛へと視線を投げたが、ぎゅっと悔しさに拳を握り締めると、こくりと頷いた。
二人は部屋から飛び出すと、出口に向かって疾走した。
火の回りが予想以上に早い。後からついてくるように、火はどんどんと燃え広がっていく。
まるで、逃がさないとでもいうかのように。
一人炎上する部屋に残された椛は、主人に縋るようにそのベッドの横に座り込んでいた。
きしきしと軋む歯車にはもう彼女を動かすだけの力は残されておらず、ただゆっくりとその時を止めようとしていた。
椛は虚ろに染まる瞳を変わり果ててしまった主人へと向けながら、愛しそうにただ目を細めた。
「……ご主人様……こんな所に……いらっしゃったのですね…………」
屋敷を朱く染め上げるその炎が、いつかのあの夕日を連想させる。紅い、朱い、あの懐かしい夕日の丘で、オレンジ色のリボンを主人から貰った。
そのリボンは今も、椛の青い髪を飾っていた。
あの時、リボンをくれたあの日の、主人の笑顔を想い出して、椛はゆっくりとその瞳を伏せた。
「……ご主人様……ようやく……貴方のお傍に……」
掠れる声で呟いたその言葉を最後に、椛の歯車はその活動を停止した。
寄り添うように静かに眠る二人の元へ、屋敷を焼く炎は容赦なく迫っていた。まるで、全ての罪を燃やし尽くすかのように――。








炎上する屋敷から飛び出した二人は、僅かに離れた位置でその燃えさかる屋敷を見つめていた。夜の闇を切り裂いて赤々と燃えさかるその炎は、夜空を焦がすように火の粉を高々と上らせる。
周りへ被害を及ばさないよう、屋敷全体を覆うように結界を張り巡らせる。屋敷全体が燃え上がってしまっては、もう消火する術もない。魔術で水を召喚してもいいが、水の元素とはあまり折り合いが良くないらしく、ミュウラーは水魔法が得意ではなかった。
どちらかというと、ラフィオの方が水の元素とは相性が良いようだが、今現在は使い物にならない。何より、知識よりも感覚で魔力を扱うこの単細胞では、高等な魔術など使える訳もないが。
お気楽に眠りこけているラフィオを、無造作に木の根本に転がしながら、ミュウラーは僅かに溜息をついた。
屋敷の周りを結界で覆い、燃え尽きるのを待つ。それが最良の策であると判断したミュウラーはそれを実行したのだ。
屋敷が炎上した事で、近隣住民達の記憶操作もしなければいけないなと、骨が折れそうな事態にミュウラーの眉間に僅かに皺が寄った。
槙宮は無言のまま、燃え上がる屋敷を見上げていた。その青い瞳に炎の朱を映しながら、彼女は今何を考えているのか。
ミュウラーはそんな槙宮の肩に触れ、優しく引き寄せた。
ふわりと抱き締めるその腕に、槙宮は僅かに眼を見開きながらも、その腕の温かさを感じ、じわりと涙を浮かべた。
「……ミュウラー様……私は……」
「わかっている。お前の所為ではない。自分を責めるな、楓」
「……っ……」
耳元で囁く優しい声に、槙宮は嗚咽を堪えきれなくなり、啜り泣いてミュウラーに縋った。その背中を優しく撫でながら、ミュウラーは槙宮を慰めた。
なんて言葉は無力なんだろう。なんて自分は無力なんだろうと、槙宮は自分を責め立てる。けれど、悔やんで嘆いて詰っても、過ぎた時は戻らない。
燃え上がる屋敷は、もう元に戻らない。
夜空を焦がすその朱はどこまでも、無慈悲に空へと消えていく。それはまるで、彼女たちの魂を空へと導いているかのようで。
槙宮はミュウラーに縋って、泣き続けた。そんな彼女を、ミュウラーはいつまでも抱き締めていた。
震える細い身体を抱き締めながら、ミュウラーはただ、その朱を見上げた。









やがて夜が明け、屋敷は全て燃え尽きた。
焦げて崩れ去った瓦礫を残し、あれだけ燃えさかった炎は跡形もなく消え去った。
朝焼け空が虚しく崩れる瓦礫の山を、無慈悲に晒し出す。
流石に屋敷を一軒焼き尽くす程の火力では、被害者達の遺体すらも跡形もなく消失してしまい、遺族の元へ届ける事は出来なかった。
椛やオーレルの姿も、瓦礫の中から探し出す事は出来なかった。
仕方なく二人は住民達が起き出す前に村への帰路についていた。
いまだ眠っているラフィオを背負いながら、ミュウラーは隣を歩く槙宮を見た。泣きはらしただけ、気持ちがすっきりしたのか、僅かに赤く腫れたその瞳には、もう涙の影は見えなかった。
その視線に気がついたのか、ミュウラーへと青い瞳を向けた槙宮はくすりと笑う。それにミュウラーは僅かに目を細めて、何だと呟いた。
「そうしていると、まるで親子のようですね、ミュウラー様」
「冗談ではない。こんなのが私の息子であるならば、私の品性が疑われる」
「まぁ、良いお父様のように見えますのに」
くすくすと笑う槙宮に冗談ではないと溜息をつきながら、ミュウラーは槙宮から視線をずらした。それに槙宮は僅かに目を細め、眠るラフィオの髪をさらりと撫でた。
「……私は、この子が羨ましいですわ、ミュウラー様」
指をすり抜けていく白銀の髪を梳きながら、槙宮はぼそりと呟いた。その言葉にミュウラーは続きを促すように、槙宮を流し見た。
「……この子は、貴方と生死を共に出来る……それが、とても羨ましいですわ」
心の底からそう告げる槙宮の瞳には、僅かに憂いの色が刻まれていた。使い魔であるラフィオは自ら死ぬ事は出来ない。主と共に存在し、主が死を迎える時、共に消滅する。
そんな呪われし運命を羨ましいと告げる槙宮の姿に、ミュウラーは僅かに苦笑した。
「……小猿にとっては、いい迷惑だろうがな。……こいつは、私を恨んでいる」
「いいえ、そんな事はありませんわ、きっと……あの時は、仕方のない事でしたもの。貴方のされた事に、間違いはありませんわ」
どうだろうな。槙宮の言葉にミュウラーは僅かに自嘲するかのような表情を浮かべ、ただ前を見た。その姿に、槙宮は僅かに目を細めながら、寄り添うようにミュウラーの隣に並んだ。
「ミュウラー様」
「何だ」
「私も、貴方を失っては正常に機能出来る自信がありませんわ」
ぼそりと呟くように、零されたのは彼女の本心か。暴走した椛のようになる事を、槙宮は恐れているのだろう。その様子に、ミュウラーは僅かに目を細めた。
「ならば、私が死ぬ時、必ずお前を停止させてやる。だから、心配するな」
はっきりと、告げるその言葉。金色の瞳が真っ直ぐと槙宮を見据え、その言葉に偽りがない事を伝える。けれど、未来の事なんてどうなるかわからない。いつ、ミュウラーに死の口吻が訪れるかなど、予想なんて出来ない。けれど、それでも。
「……約束ですよ、ミュウラー様」
そう呟いて、彼女は心の底から笑った。その笑顔はどこまで晴れやかで、彼女の不安は取り除かれたようだった。たった一言。だけど、その一言が大きな力となる事を、槙宮は知っていた。
極上の笑顔を浮かべる槙宮の姿は朝焼け空に良く栄えて、ミュウラーの瞳を攫ったのだった。




スポンサーサイト

<<黒狼観察日誌始めました(ぁ | BLOG TOP | 心無き人形が奏でる狂想曲 前編>>

comment

管理人のみ閲覧できます

  1. 2008/11/03(月) 11:02:20 |
  2. |
  3. [ 編集 ]
このコメントは管理人のみ閲覧できます

  1. 2008/11/05(水) 16:21:14 |
  2. URL |
  3. れあちー
  4. [ 編集 ]
レスです
以下反転で

>通りすがりさん
ご来訪ありがとうございます。
私なんかのブログでTSを初めて頂いたとか……こんなブログなのに、ありがとうございますですよ(*´∀`*)
私の獅子の装備……といいますと、ほとんど課金装備だったので、どれを参考にしていいやら……
とりあえず、頭は命中合成で、体にHPと、アクセは命中または幸運でしたね。銃は勿論、精練して命中つきで。
そんな感じでしたが……ちょっとあんまり参考にならないですね……;
まぁ、そんな感じでやっておりましたよー。
……ちょっとちゃんとお答え出来ていないような気がしますが、また何かあったら、どうぞ聞いて下さい。
獅子さん、ふぁいとですよー(`・ω・´)ノ


 管理者にだけ表示を許可する
 

trackback





上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。